以前までは、犯した罪から逃げるための道具でしかなかった足だ。
それがいつしか自分の道を探すための手段となった。
そして、王となった今は。
顔を上げると、アールは真っ直ぐに前を見据えた。
伝えるべき言葉は、はっきりと頭に思い描くことができた。
遠ざかっていく男性の背中に、声を張る。
「あなたたちの言うとおり、僕がここでいくら謝ったって何も変わらないかもしれない。王が変わったからって、ハンガル国が行った非道な過去がなかったことになるわけでもない。それでも、自分には関係ないと、あなたたちを無視してのうのうと生きてはいけない。ハンガル国王として、過去の罪を背負って生きていくしかないんだ。どうか、あなた方の大切な人の命を奪った償いを、僕にさせてほしい。一生をかけて償わせてほしいんだ」
アールはしばらくの間、深々と頭を下げたまま微動だにしなかった。
王になると決めたときから覚悟はしていた。
すべての過去を受け止め、守りたい者たちが明るい未来を歩めるように、その道を築いていくのが自分の役目なのだと。
小夜が、母が、弟の面影を感じる少年が、ひいては自分たちに関わるすべての人々が、誰一人として傷つくことのないように。
それが王となった自分の目指す道だった。
一度自分は罪を犯している。
そして長い時間その罪から逃げ続けた。これ以上逃げるのは死んでもごめんだ。
道の定まった足元をじっと見つめていると、先のほうから声が聞こえた。
「勝手にしろ。あんたの好きにしたらいい」
アールはさらに頭を深く下げる。
「ありがとう」
自分にどれだけの力があるのかは分からない。
それでも、ようやく王としての第一歩を踏み出せた気がした。
「──アールさん!」
ユウリが駆け寄ってきたのは、それからすぐ、通りが日常の空気に戻りつつある頃だった。
「ユウリ、さっきはありがとう」
アールが穏やかに笑ってみせると、ユウリは不甲斐なさそうに眉を下げて、
「いいえ、全然力になれなくてごめんなさい…」
心底悔しそうに首を振って返した。相変わらず真面目ないい子だ。
「僕のほうこそ、何も伝えてなくてごめん。びっくりさせたね」
「いいえ!あの、確かにさっきはちょっと驚きましたけど、王様だって聞いてなんだか納得しました。旅人の方にしては、雰囲気が…ええと、上手く言えないけど、その格好すごくアールさんにぴったりだと思います!」
言葉を探しながらそこまで言い切ったところで、ユウリが思い出したように口元を押さえた。
「あっ、アール様ですよね。失礼しました」
本当に生真面目な少年だ。
思わずアールは破顔する。
「今までどおりで大丈夫だよ。様なんて呼ばれるほどの人間じゃないから」
「でも…」
なかなか納得できないらしいユウリに、アールは追って付け加える。
「いいかい、ユウリ。僕は君の友人だ。友人のことを様づけで呼ぶなんておかしいだろ?親しみを込めて呼んでもらえたほうが、僕としても嬉しいんだよ」
にっこり微笑むアールに、ユウリは戸惑いながらも首を縦に振ってくれた。
「それで、これは友人としての提案なんだけど」
「提案?」
小首を傾げるユウリに、アールは頷いて続ける。
「今のハンガル城にはあまり僕が打ち解けられる人間がいないんだ。もし君さえよければ、城仕えとして働いてみないかな?君の生活はもちろん、ご両親をハンガルに呼べば僕のほうでも多少は手助けできるし。暮らしもずっと楽になると思うんだけど」
ユウリにとっては寝耳に水だったに違いない。きょとんと目を丸くする彼に、アールは「どうかな?」と改めて尋ねてみせた。
「えっと…」
言葉に詰まったまま次が出てこないユウリに、助け舟を出す。
「もちろん君が嫌なら断ってくれて構わないよ。遠慮はなしだ」
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