「おい。こっちだ」

いつの間にか少し離れたところで、こちらに顔を向けるロキの姿があった。

木の柵に両手を預けて立つロキの足元から先は、緩やかな崖になっているようだった。

素直にロキの言葉に従って、その隣に並ぶ。
腰の高さほどある柵に手を乗せて視線を落とすと、先ほどの集落が崖下にのぞいていた。

上から見ると、石作りの家がぎゅうぎゅうに密集しているのが分かる。その間を米粒ほどの人々が、器用に行き来しているようだ。

「小さな集落なのに、ずいぶん人が多いんだな」

窮屈で暮らし辛そうだ、とは言わずにおく。

実際暮らしている人間たちが不満を顔に出している様子はない。それどころかロキに対して好意的に接しているところを見ると、この環境に満足しているようにすら思えた。
余所者の自分が口を出すべきではないだろう。

朱里の言葉を受けて、隣でロキが苦笑を漏らすのが分かった。

「お前の目にはそう映るか」

「え?まあ、そりゃあ」

誰が見たってそう思うだろ。
なぜそんなことを訊いてくるのか、ロキの横顔に視線を向けたときだった。ロキが再度口を開いた。

「世界中にはこの何百倍もの者たちが、暮らす場所を失い、安寧の地を求めて流浪している。ここで受け入れているのは、ほんの一部でしかない」

流浪と聞いて、朱里の頭に一つの言葉が浮かぶ。

楽しそうに集落内を駆け回る子どもたちの姿を見下ろして、朱里はその言葉を口にしていた。

「難民…?」

間を置かずに答えは返された。

「ああ。わがシルドラ国内には、ここと同じような集落が無数にある。すべて父の代で他国から受け入れ、保護している難民たちだ」

「そう…か」

朱里も彼らについて何も知識がないわけではない。
旅をして回っていれば、そういう話を耳にする機会もある。

戦争に破れた国の民が故郷から追いやられたとか、宗教的な迫害を受けて母国から逃げ出したとか、聞いているだけで気分が沈む内容ばかりだ。

おそらくこの集落に暮らす者たちも、苦難の末、今の生活を手に入れたに違いない。

皆ロキに対して好意的なのも頷けた。
ロキは自分たちに救済の手を差し伸べてくれた先王の息子なのだから。

「この人たちが、あんたの言う秘密なのか」

集落内を行き交う人々に視線を落としたまま朱里が尋ねると、すぐ隣でロキが首を縦に振った。

「そうだ」

「でも、どうして隠す必要がある?」

長老が言っていた。ロキがここに人を連れて来たのは朱里が初めてだと。
それはつまり、ロキがこの集落の存在を誰にも知られたくないということに他ならない。

ロキの横顔は、じっと下界の集落に向けられていた。
わずかな沈黙の後、その唇がゆっくり開かれる。

「難民の受け入れに、俺も異論はなかった。慈善事業だ。深く考えずに賛同した。ただ、父はあまりに無計画に受け入れを進めすぎた」

独り言のように淡々と言葉が紡がれていく。

口を挟まないほうがいい気がして、朱里も集落に視線を落としたまま、黙ってロキの話に耳を傾けていた。

「おそらく城に仕える誰も、父の側にいたトールでさえ、この国に抱える難民の全体数は把握できていないだろう。すべては国王である父が独断で行っていたことだからな。正義感のままに受け入れを繰り返した結果がこれだ。増税しなければ国民が溢れ、財政も立ち行かない」

「でもそれが過剰すぎると国民も黙ってないだろ」

「だろうな。だが今さらどうする?国が立ち行かないからお前たちは出ていけと、ここで暮らす難民たちに言えるか?」

返す言葉がない。

一度手を差し伸べておいて、再び突き離すのがどれだけ残酷なことか、朱里にも容易に想像できた。


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