「お前たち、しばらく俺の馬を見ていてくれるか」

ロキの言葉を受けて、子どもたちが一斉に「はーい」と手を上げる。

独り身のはずだが、不思議と子どもの扱いには慣れているらしい。
側にいた子どもの頭を軽くぽんぽんと叩くと、ロキは視線を長老に向けた。

「すまんが、少しここに馬を置かせてくれ。そう時間はかからん」

「もちろんです。どうぞごゆっくり」

ゆったりとした動作で長老が腰を曲げて会釈すると、ようやくロキの顔が朱里に向けられた。

「ついてこい」

集落の横から丘のほうに伸びる坂道を顎で示してくる。

言うが早いか、朱里の反応を確認することなく、ロキは背を向けて一人坂を上がり始めた。

「ちょっと待てよ」

振り回され気味の朱里がため息をつきつつ、その後に続く。
目の端で長老が深々と頭を下げるのが見えた。




両脇を木の柵に囲まれた坂道は、緩やかにカーブを描きながら風車の回る丘の上まで続いていた。

左手に視線を下ろすと、先ほどの集落を見下ろす形となる。中央の井戸の周りでは、子どもたちが元気に走り回っているようだった。

前を行く赤い後ろ頭を見上げながら、朱里は長老の言葉を思い返していた。

ロキの父親の死に関して、長老は何かしら知っているのかもしれない。知った上で、ロキが父親と同じ道を歩むことを危惧しているのだろう。

ここで言う同じ道とは、やはりロキが反逆を受けて殺されるという意味なのだろうか。

でも、誰に?

ロキには当然子どもはいない。
その時点ですでに、ロキが父親と同じ末路を辿ることなどないはずだ。

ならば長老は一体何を恐れ、何の力も持たない朱里にすがりついてきたのだろう。


ロキが後ろを振り返ることはない。

この男はいつだってそうだ。朱里の数歩先を一人突き進んでいく。

ロキという男がどんな人間なのか、自分の目で見て判断するとは言ったが、今のところ彼が何を考え何を思って行動しているのか、朱里の目にはまったく見えない。

ただ、無理して理解する必要もないのかもしれない。

国の頂点に立つ王と、ただの名もなきトレジャーハンターの自分が、こうして同じ空間にいること自体おかしな話だ。
小夜のことがなければ、口を利くことはおろか、一生顔を合わせることもない相手だったろう。

住む世界が違えば、価値観も倫理観もまったく変わってくる。

そんな相手を理解しようと努めるのは、限りなく無意味に近いのかもしれない。

(きっと小夜が特殊なだけなんだよな…)

出会った当初から、距離感も身分の差も一切感じさせないのは、おそらく小夜が他者に寄り添おうとする性質を持っているからなのだろう。

マーレン城下で親しげに話しかけてくる民に笑顔を返す小夜を思い出して、朱里は急に物寂しさを感じて唇を引き結んだ。

普段当たり前のように隣にあった笑顔が、今はこんなにも恋しい。

時間を巻き戻せるのなら、あの最後の夜に戻って、泣きじゃくる小夜を抱き締めてやるのに。
ずっと側にいるから何も心配しなくていいんだと。

そうすれば今も隣には、小夜が笑っていてくれたのかもしれない。


一人きりの現実を思い知らせるように、風が朱里の頬をかすめていった。

物思いに耽っている間に、どうやら丘の上まで辿り着いていたらしい。
麓から見えていた白い風車が、すぐ前方で軋む音を立てながら木組みの羽をゆっくり回転させているのが見えた。

実りの秋には、この風車で小麦を挽いてパンを作るのだろう。

ぼんやりと集落を取り囲んだ小麦畑を思い返していると、ロキの声がした。


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