「少し遠出になるぞ」
ロキの後ろをついて歩きながら、城の入口を抜ける。
そこでちょうどロキの臣下らしき男二人とすれ違った。
男たちは自分の主に軽く頭を下げただけで、特に挨拶をすることもなく、その場に佇んでロキの背中を見送っているようだった。
その視線に違和感を覚えて、朱里はちらりと後ろを盗み見る。
白い目で見るというのだろうか。間違っても主君に向ける目ではない。
何だろうと疑問に思っていると、背後からささやくような声が漏れ聞こえた。
「また好き勝手に出歩いて。いつになったら王の自覚が生まれるんだか」
「トール様も気の毒だな。あんな愚王の側近をさせられるなんて」
ひそひそと風に乗って届く男たちの会話は、無関係の朱里が聞いていても気持ちのいいものではない。
言いたいことがあるのなら、陰口でなく本人に面と向かって言うべきだし、何よりロキに聞こえるほどの距離で話すというやり方が、陰湿でいやらしい。
正面切って文句を言う勇気がないのなら、黙っていろと言いたくなる。
前を颯爽と歩くロキの背中に、朱里は思わず声をかけていた。
「あんた、あんなこと言われて平気なのかよ」
「事実だからな」
即座に返されたロキの声には、苛立ちもなければ悔しさの欠片も感じられない。
もしかしたら、今のようなことは珍しくないのかもしれない。
慣れた様子で前を行くロキの姿を見て、朱里は何とも言えない後味の悪さを噛みしめていた。
ぶるるるる、とそれが激しく首を振った拍子に、大量の唾液を顔に浴びて、朱里は静かに服の裾で顔面を拭った。
その目は死んだ魚のように虚ろだ。
今、朱里とロキの前には二頭の馬が、大きくしなやかな体躯を揺らしながら立っていた。
一方は艶やかな黒毛が見事な馬、もう一方は茶毛で妙に目つきが悪い馬だ。
ちなみに朱里に向かって唾を噴射したのは、茶毛のほうである。
「ずいぶんと懐かれたな」
はは、と無責任な笑いをこぼしてロキが黒毛の馬に跨った。手慣れた動きで手綱を引き、馬のたてがみを撫でてやる姿は、文句のつけようがないほど優雅だ。
対する朱里は、自分にあてがわれた茶毛の馬を見上げて、げんなりと肩を落とした。
目が合った瞬間、ぎろりと鋭い視線で凄まれる。
「こいつ、絶対俺のこと嫌いだ…。目がそう言ってる…」
「切れ長で美しい目だろう」
「物は言いようだな…」
「言い得て妙と言ってもらおうか」
などと、無駄な掛け合いをしている間にも、茶毛が再びぶるる、と唾を散らしてきた。
「ほら。早く乗れと催促しているぞ」
「俺には、消え失せろって言ってるように聞こえるけどな…」
濡れた顔をごしごしとこすりつつ、朱里は馬に気取られない角度で息を吐くのだった。
「うわあああ!無理無理無理無理!」
「男が喚くな。みっともない」
城の前の雑木林の坂道を、二頭の馬が風を切るように駆け抜けていた。
一方は艶が美しい黒毛、もう一方は茶毛の馬だ。
黒毛には褐色の肌をした見目麗しい男が姿勢よく、慣れた手つきで手綱を操っている。ロキである。
後ろにそびえる白い城と相まって、まるで絵から出てきたかのような光景だが、唯一残念極まりない箇所があった。
言うまでもない。
茶毛の馬に乗っている…というか、むしろしがみついている青年の存在だ。こちらも補足するまでもないだろうが、朱里である。
よくよく見れば、茶毛の馬の手綱はすぐ隣を走るロキに握られていた。つまり朱里は馬にまたがっているだけで、まったく操縦は他人任せということだ。
必死な形相で泣き言を叫ぶ朱里に対し、ロキは冷静沈着にそれを一蹴するということを、かれこれ城を出発して以来数回繰り返していた。