仕方なく唇を尖らせながら、朱里は謝罪の言葉を口にした。

「そこは悪かったよ。でも元はと言えば、あんたが何考えてるのか全然分かんねえから…」

苦し紛れに言い訳を呟くと、ロキが意外そうに朱里の顔を見上げてきた。

「なんだ。お前も姫と同じようなことを言うんだな」

よく意味の掴めないことを言う。

「俺のことをもっと知りたいと、そう言って、姫もこの部屋を訪れてきた」

そう答えると、ロキは妙に意味深な笑いを口元に浮かべてみせた。

「な、なんだよ、それ」

「彼女は見た目によらず、なかなか情熱的な女性だな」

「はあ!?」

さも何かありましたとばかりのロキの様子に、朱里は思わず膝をついて詰め寄っていた。

「あいつに何かしたのか!」

胸倉を掴もうと伸ばした手は、軽々とロキに払いのけられる。

「男女が共にいれば、何もないほうがおかしいと思うが?」

にやりとほくそ笑むロキ。
含みのある言い方だ。つまり、一年もの間すぐ側にいて、何もしていない朱里がおかしいと言いたいのか。

「そもそも誰とどうなろうが、それは彼女の自由だろう」

「それはっ…」

あまりに正論すぎて何も反論できない。

ロキはそのまま腰を上げると、勝者の笑みを浮かべて歩き出した。部屋の奥にある扉の前で朱里を振り返る。

「俺はこれから休息をとるが、間違っても寝室にまで押しかけてくるなよ。女性以外はお断りだ」

ふざけたことを言い残して、その背中は扉の奥に消えていった。

唖然と立ちつくす敗者、朱里。
いつの間にかその手には、またもやロキの飲み終わったカップが押しつけられていた。

思わずそれを放り投げようとして、すんでのところで思いとどまる。物にあたるほど、人間器の小さいことはない。

「…何なんだよ、あいつは」

力なく肩を丸めてカップを元の棚の上に置くと、朱里は新たに生まれた疑問に深いため息を吐くのだった。


***



寝室の大きな窓から外を眺めて、ロキは一人苦笑いをこぼした。

「…本当に滑稽で笑えてくるな」

必死に自分に詰め寄ってくる朱里の顔が脳裏に浮かぶ。

ありもしない姫との関係を無意味に匂わせたのは、単なる八つ当たりでしかなかった。

”王様ってのは、案外好き勝手できて楽そうでいいよな“

朱里が自分を試すために言ったのだとは理解している。それでも一度生まれた苛立ちは収まらなかった。

ロキにはどんなに恋焦がれても、朱里のような自由は手に入らない。
朱里は自分がどれだけ恵まれた立場にいるのか、分かっていないのだろう。だからこそ例え嘘だとしても、王になってみたいなどと軽口が言えるのだ。

結局、王の苦しみは王にしか分からない。

自分はどこまでいっても孤独だ。
おそらくこの先、死が迎えを寄越すまではずっと。

「俺はお前が羨ましくもあり、妬ましい…」

窓の向こうには、飽きるほどに眺めた青い海が広がっていた。

父が逝ってしまうまでは、よく羨望の眼差しで見ていたものだ。
いつかこの大海原に漕ぎ出て、世界を旅して回りたいと、無邪気な夢を描いた頃もあった。

だが父が亡くなり、急遽自分が王座に就いてからは、そんな戯れは頭から消え失せた。

気づけば、海はどこまでもロキから遠い存在になっていた。

「なれることなら、俺はお前になりたかったよ」

体の横に流した手には、永遠に解けることのない枷がはまっている。足も同様だ。
この重すぎる枷があるかぎり、ロキの望みは叶わない。

なんて滑稽なのだろう。

人の自由に嫉妬し、八つ当たりして、まるでやっていることは子どもと変わらない。

今さらないものねだりして何になるというのか。
すべては無意味だ。夢を抱くことも、個としての未来に希望を持つことも、何もかもが虚しさの象徴でしかない。

「…もう覚悟は決めたはずだ。個の俺は捨てろ。王であれ」

自分に言い聞かせるように呟くと、ロキは窓のカーテンを勢いよく閉めた。室内に仄暗い闇が満ちる。

海はそれきり、彼の視界を惑わすことはなかった。




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