見事なクリーンヒットだ。
腹を押さえて朱里は前のめりにうずくまる。

「…いってえ…」

木製とは言え、思い切り叩きつけられれば簡単にあばら骨くらい砕きそうな威力だ。

地面にしゃがみ込んで痛みに悶える朱里の視界に、ロキの靴先が入った。

顔を上げたところで、鼻先に剣が突きつけられる。

「もう降参か?」

優雅に笑んでみせるロキ。

何も心配してくれなんて女々しいことは言わない。だが素人相手にこれはあまりではないか。

胸の内からふつふつと湧き上がる怒りに、痛みが遠のいていくのが分かった。

剣を掴んで立ち上がると、朱里は自分に突きつけられた刃先を払いのけて言ってやった。

「誰が降参なんてするかよ。絶対あんたに膝つかせて、参ったって言わせてやる」




と、大口を叩いたところまではよしとしよう。

問題は、その口に実力がまったく追いついていないことだった。そう簡単に下克上など許されないのが、厳しい現実というやつである。

朱里の振るう剣をのらりくらりとかわしながら、ロキが確実に隙をついて剣を繰り出す。

攻撃に集中していると、防御にまで動きが回らないのが自分でも歯がゆいところだ。
攻撃こそ最大の防御なんて言葉は、ロキには一切通用しないらしい。

今のところ、朱里の剣は一度たりともロキの体をかすめさえしていないというのに、朱里はもう数えきれないほどの傷を作っていた。経験者と素人では、こうも差が出るものなのかと、虚しくなる。

「だいぶ動きが鈍ってきたようだが?」

肩で息をしながら、なんとか「うるせえ」とだけ返して、朱里は再び剣を上段に構えた。

腹立たしいことに、ロキは息一つ乱れていない。細身の体のどこにそんな力が残っているのか甚だ疑問だ。

目線は真っ直ぐロキに留めたまま、額に滲んだ汗を手の甲で拭っていると、ロキが声をかけてきた。

「答えは見つかったのか?」

突然の問いかけに目を瞬かせていると、その隙をついてロキが剣を振り下ろしてきた。

普通このタイミングで仕掛けてくるか?
呆れつつも、胸の前に構えた剣でその攻撃を受け止める。

交差した剣を挟んで、ロキの顔が眼前に迫った。
こんなときだと言うのに、口元に余裕の笑みが浮かんでいるのが腹立たしい。

睨みつける朱里に対し、ロキが剣を押しつけたまま再度口を開いた。

「姫を目覚めさせてからどうするのか、改めてお前の答えを聞かせろ」

青い瞳がきゅっと細められた。

手の力を少しでも抜けば、このまま後ろに押し倒され、体勢を崩したところに剣が振り下ろされるに違いない。

剣を握る柄に力をこめたまま、朱里は眼前に迫ったロキの顔を真っ直ぐに見返して答えた。

「俺の答えは変わらない。あいつの側にいる」


おそらくロキからすれば、拍子抜けする回答だったに違いない。

表情がきょとんとしたものになり、わずかに腕の力が緩んだのが分かった。

そこをすかさず朱里が剣で押し返す。形勢逆転だ。
今度は反対に、ロキが朱里の剣を受ける番だった。

「ただ何も考えずに言ってるわけじゃねえよ」

「へえ?」

ロキの口から笑いがこぼれる。
それならどういうことだ、と涼しい瞳が問いかけてくる。


見定めるようなその目が、以前までは正直苦手だった。
自分の行動に自信が持てなかったからだ。
確固としたものもなく無闇に動き回った結果、再び選択を誤るのが怖かった。

何より、小夜が何を望んでいるのか分からなくて臆病になっていた。

だが、今は違う。

もう迷ったりしない。後悔を必要以上に恐れたりもしない。

懐にしまい込んだ小夜の手紙が、そのとき朱里の背中をそっと押してくれた気がした。

ロキと剣を交わらせたまま、一歩前に足を踏み出す。

「俺はもう、小夜が王女だってことから逃げたりしない」

真っ直ぐにロキを見据えて、朱里は自分が導き出した答えを口にした。

「あいつが国を支えていくと決めたなら、俺がそんな小夜を支える。これから先、あいつが泣きたいくらい辛いときも、全部投げ出して逃げたくなったときも、小夜が王女としての夢を叶えるそのときまで、ずっと側にいる。その役目はあんたには譲れない。俺がこの手で小夜を幸せにする。そのためなら、自由を奪われたっていい。俺の人生全部、あいつと、あいつの守る国のために捧げる」


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