***



本当はこんな王様の道楽に付き合ってる場合じゃないんだけどな。

懐にしまい込んだ手紙に服の上から触れて、朱里は視線を足元に落とした。

とにかく今は、書庫で医学書でも読み漁って、早く小夜を目覚めさせたかった。

小夜の気持ちを知った今となっては、自分が歩むべき道も霧が晴れたようにはっきりしている。

小夜が王女として国を守っていくのなら、俺は──。



渡り廊下に踏み入ると、朝らしい心地よい風が朱里の側を通り抜けていった。
左手には真っ青な大海原が遥か彼方まで広がっている。

手すりに背を預けたロキは、朱里の姿を認めると、「ほら」と無造作に何かを放り投げてきた。

思わず受け取った後で、腕の中のものに視線を落とす。あまり馴染みはないが、木でできた剣のようだった。

「俺の相手をしろ」

見れば、ロキの手にも同様の木製剣が握られている。
それを軽く振り下ろして、ロキが上着の裾を揺らしながら朱里の前に対峙する。
どうやら剣の手合わせを求められているらしい。

「ちょっと待て。剣なんて握ったこともねえんだけど」

本物ではないとは言え、こういう類のものを手にするのはこれが初めてだ。そんなずぶの素人が、教育を受けて手慣れているだろう王族相手に剣を振るっても、悲惨な結果は見えている。

ロキは一体何を考えているのだろうか。
単なる暇つぶしの戯れか、はたまた朱里をこてんぱんに打ちのめして、優越感にでも浸りたいのか。どちらにしろ相手をするこちらとしてはたまらない。

「悪いけど、ほかをあたってくれよ」

剣を地面に置こうとしたところで、ロキが馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。

「なんだ?初めから負けを認めるのか?」

あからさまな挑発だ。
若干苛立ちはするが、律儀に乗ってやる必要なんてない。そのまま剣を地面に放り投げる。

「勝手に言ってろ。俺はやらない」

吐き捨てて、ロキに背を向けたときだった。

「自分自身を殴ってやりたいんだろう。いい機会だ。それに頭の中だけで燻っているより、体を動かした方が気が紛れるぞ」

その声に、朱里は目を丸くして後ろを振り返る。
不敵な笑みを湛えたままのロキと視線が合った。

剣の手合わせなんて突拍子もないことを、と思っていたが、もしかしたらこれがロキなりの、気落ちした朱里への配慮なのかもしれない。

朱里は思わず笑いをこぼした。

「分かりにくい気遣いだな」

「何のことだ?」

涼しい顔でロキも笑う。本当に食えない王様だ。

朱里が地面に転がった剣を手に取ったところで、ロキが告げた。

「本気で来い。手を抜くと痛い目を見るぞ」

「言われるまでもねえよ」

好戦的ににやりと笑って、朱里はロキの剣にかちりと刃先を当ててみせた。




予想どおり、ロキの剣さばきはずいぶん手慣れたものだった。やはり王族ともなると、こういった方面での教育も幼い頃からされていたに違いない。

素早い速さで振り下ろされた剣先を、腰をひねってかわしながら、朱里は反撃の機会をうかがっていた。


正直なところ、勝てるなどとはこれっぽっちも思っていない。
ただ、どうせ手合わせするのなら、一矢報いるくらいはしてやりたいところだ。

ロキが横に薙いだ剣をしゃがんでかわす。

「どうやら目はいいらしいな」

続けざまに攻撃を避けたことで、ロキが感心の声を上げた。

その手がわずかに緩み、隙が生まれたのを、朱里は見逃さなかった。剣の柄を握り締めると、それを大きく振り上げロキに向かって振り下ろす。

「だが」

ロキの口元がにやりと笑みを刻んだのに気づいたときには、遅かった。青い瞳が朱里の眼前にまで迫る。

「脇が甘い」

その直後、容赦のない一撃が、朱里の脇腹に決まっていたのだった。


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