本当は、今すぐ何もかも全部放り出して、朱里さんと一緒に旅がしたいです。
無責任なやつだって思われるかもしれないけれど、それが私の本心なんです。

私は朱里さんが好きです。
世界中の誰より、あなたが大好きです。
でも私の願いは叶えられることはないと、自分でもよく分かっています。

だから、一つだけわがままを言わせてください。

もし次に生まれ変われたら、そのときこそもう一度、朱里さんの隣を一緒に歩かせてください。
王女ではなく普通の女の子として、生涯あなたの側で生きていけたら、それ以上の幸せはありません。
そのときはどうか、私をまた相棒にしてくださいね。

長々と勝手なことばかり書いてしまってごめんなさい。

最後になりますが、遠くからいつもあなたの幸せを祈っています。

私と出会ってくれて、ありがとう。

小夜』


*****



眼前に広がる黄金色の海からは、変わらず穏やかな波の音が響いていた。

優しい潮風が、背を丸めて手紙で顔を覆った朱里の髪の毛を揺らしていく。

言葉は何も出てこない。

波の音だけが満ちた夕凪の世界で、朱里は初めて、小夜の思いのすべてを知ったのだった。


****



別れてしまえばそれで終わり。
自分はとうに過去の思い出に成り下がっているのだろう。小夜はきっとロキとの結婚を望んでいるに違いない。

頭を掻きむしって、朱里は朝の回廊を睨みつけるように大股で歩いていた。

自分で自分に腹が立つ。

今までお前は小夜の何を見てきたんだ。
あれだけずっと一緒にいたはずなのに、何一つ分かってやしなかった。

小夜にとって自分と過ごしたこの一年は、決して気の迷いや現実逃避なんてものではなかったのだ。
朱里にとっては何気ない日々が、小夜にはどれだけ大切なものだったか。

夜の間に何度も読み返した手紙の文面を思い出して、こぶしを強く握り締めたときだった。


「まるで人でも殺めそうな顔だな」


回廊を行く朱里の頭上から、声が降って下りた。

見上げれば、渡り廊下の手すりに頬杖をついて、こちらを見下ろすロキの姿があった。

昨日のやり取りなどなかったかのように、口元には笑みを浮かべている。
相変わらず飄々とした奴だ。

朱里は苦笑しながら答えた。

「安心しろよ。ぶん殴ってやりたいのは、あんたじゃねえから」

「それなら誰を?」

すかさず質問が返される。
少し考えた後で、朱里は正直に答えていた。

「俺自身かな」

「ふうん」

自分から尋ねてきたくせに、ずいぶん適当な相槌だ。
さして興味がないなら初めから訊くなよ、と言ってやりたくなる。


こんなところで王様の暇つぶしに付き合ってやる義理はない。
下手をすれば、また茶を淹れろなんて面倒な要望が飛んでくる可能性もある。
早々にこの場を立ち去るが吉だ。

朱里が再び歩き出そうとしたとき。

「どうせ手持ち無沙汰にしているんだろう。ならば俺に付き合え」

どうやら一足遅かったらしい。

ロキが人差し指だけ動かして、上がってくるよう指示を飛ばしてきた。

朱里はあからさまに嫌な顔を浮かべる。

「そんな気分じゃねえんだよ」

「セバスチャン」

朱里の声にかぶせるように、ロキが執事の名を呼んだ。

何が言いたいのかは分かっている。
主人の命令は絶対だ。

朱里はため息をつくと、全身全霊で嫌悪感を顔と声に出して返事をした。

「はいはい、ご主人様。仰せのままに」




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