侍女の言葉を真に受けて構えていただけに、朱里は思わず笑ってしまった。

「…あいつらしい」

この手紙から読み取れることと言えば、小夜が王女として前に進もうと切磋琢磨している心境くらいだろうか。

朱里や、朱里との旅に対する執着なんて何もない。

きっと小夜にとっては、朱里と過ごした一年など、過去の遺物になっているに違いない。
今もまだその過去に囚われているのは、自分だけなのだ。


これは笑うしかないな。

いくら小夜からの手紙とは言え、もう一度紙面に目を通す気にはならなかった。

ロキとの婚約を阻止しようなんてことも、小夜からしてみれば迷惑この上ない話なのだろう。

手紙を読んではっきりした。

小夜を目覚めさせることができたら、その後は自分の出る幕などないのだ。
きっとトオヤの問題も、ロキがそつなく解決してみせるはずだ。

そうしてお姫様は王子様とともに、幸せに暮らしましたとさ。

二人には王道のハッピーエンドが待っている。

間違っても、お姫様は旅人と幸せに旅を続けましたとさ、なんておかしな結末にはならない。

「ロキの言うとおり、俺一人が暴走してただけか」

気持ちを同じくする小夜とロキの間に割って入っただけで、二人からすれば、余計な邪魔者以外の何者でもないわけだ。

はあ、と深いため息をつくと、朱里は手紙を元通り畳んで封筒にしまい込んだ。とそこで、奥にもう一枚、同じような紙が押し込められているのに気づいた。こちらはやけに雑な畳み方だ。

「間違えて書き損じまで入ってやんの」

本当に小夜らしいな。
笑って朱里は何気なくその紙を広げてみた。


書き損じでないことは、すぐに分かった。

手紙の最後の行まで、ぎっしりと文字で埋め尽くされていたからだ。

何だろう、と思いつつも、朱里はその文面を目で追うことにした。


*****



『朱里さん。お元気ですか?
突然のお手紙、驚かせてしまったらごめんなさい。
直接お会いしてお話できたらいいのですが、それは叶わないので、こうしてお手紙を書かせていただきました。

朱里さんとお別れしてから、どれくらいになるのでしょう。
この一年、あなたの隣にいるのが当たり前になっていて、一人に戻るとなんだか不思議な気分です。
初めの頃は、無意識に朱里さんの姿を探してしまいました。今にでもテラスの窓から現れるんじゃないかって思ったりして。おかしいですよね。

朱里さんとの旅は、本当に楽しくて充実していました。
何気ないことで笑ったり、感動したり、たまに喧嘩をすることもあったけど、全部大事な思い出です。
朱里さんの側にいられて、私は本当に幸せでした。
あなたと過ごした日々は、何よりの宝物です。

そういえば、城に戻ってから新しい夢ができたんですよ。
この国に暮らす人たちが、朱里さんと一緒にいたときの私のように、いつも笑顔で幸せに生きていける国を作りたいって。
絵空事に近いかもしれませんが、この夢を叶えることができたら、きっと私も前だけを見て生きていけるんじゃないかって思えるんです。

こんな風に私が夢を持てるようになったのも、全部朱里さんのおかげです。


実は、私はまだあなたに伝えられてないことがあります。
本当はあの日、お別れするときに伝えなきゃいけないことだったのに、自分のことでいっぱいで何も言葉にできなくてごめんなさい。

朱里さん。
私はずっと、あなたに救われていました。

一年前、お父様を失ったあの日、本当なら私は自分で命を絶っているはずでした。
お父様も町も、大切に思っていたものは全部、あの日目の前からあっけなく消えてしまいました。お父様が最期に、自由に生きていいんだと言ってくださったけれど、このまま一人で生き延びる意味なんて見つからなくて。
だから私もこのまま死んでしまおうと、そう思ったんです。

でも、目を覚ました私の側にはあなたがいました。
そしてこんな私のことを宝物だと言ってくださいました。

何もかも失った私に、あなたはもう一度居場所を与えてくれたんです。
あのときから、あなたが私の生きる意味になりました。

あなたがいたから、私はどんなときでも笑っていられました。
あなたが背中を押してくれたから、今も一人で立っていられます。
全部、あなたのおかげです。本当にありがとうございます。


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