「はあ…」
二度目のため息をついて、朱里は気持ちの入らない調べ物を早々に諦め、窓際に腰を下ろした。
窓ガラスに映った自分の顔に問いかける。
俺はこれから、どうしたいんだろう。
王女である小夜と、どうなりたいんだろう。
答えはもちろん返ってこない。困り果てたようにこちらを見返す自分がいるだけだ。
ただ側にいたい。きっとそれだけじゃ駄目なんだ。
小夜が王女であることも全部ひっくるめて、これから自分が取るべき行動を考えないと。
窓ガラスにこつんと頭を預けると、朱里は外に広がる金色の海原をぼんやりと眺めた。
ここでこうして一人で悩んでいても、結局は小夜がそれを望まなければ無意味なのだということも痛いほどに分かっていた。
小夜はまだ、俺を必要としてくれているんだろうか。
考え出すときりがない。
頭をがしがしと掻いて窓辺から立ち上がると、背後の海を振り返って朱里は息を吐いた。
寄せては返すさざ波が妙に寂しく見えるのは、自分の気持ちが塞いでいるせいだろうか。
城の裏手に抜ける扉を見つけて、岬の先端に設けられた階段を下った先には、小さな砂浜が扇を描くようにしてあった。
そこに朱里は今、一人で佇んで海を眺めていた。
気分転換のつもりだったが、夕方時の海というのはどうも物悲しさを相乗させる効果があるらしい。
波音さえ先ほどから切なく聞こえてどうしようもない。
「…あいつが隣にいればな」
ぽつりと呟いて、朱里は海に向けた目をわずかに細めた。
あの夜交わした約束は、今でも覚えている。
次は海のある町を目指そうと告げた朱里に、笑顔で大きく頷いた相棒の顔もはっきり思い出せるほどに。
「連れてきてやりたかったな…」
おそらく約束が実現する日は、この先どんなに待っても来ないのだろう。
目を覚ましても、小夜が朱里と再び旅に出る可能性は無に等しい。
二人並んで海を眺めるなんて未来は、夢のまた夢だ。
そもそも、あのとき一度交わしたきりの約束など、小夜が覚えているとも思えなかった。
海から吹く風が腕をかすめていって、朱里は思わず身を縮ませた。
「さむ…」
春とは言え、夕方の海風は身に染みる。
愛用のコートは小夜が転落したときにかけてやったきりなので、その後の行方も知れない。きっとトオヤ辺りに捨てられているに違いない。
気に入ってたんだけどな。どこかで新しいのを見繕うしかないか。
やれやれと息をつきながら、海に背を向けた朱里の手がズボンのポケットに触れた。
かさり、と乾いた小さな音が鳴る。
見ると、ポケットから白い封筒の角がわずかに覗いているのだった。
「ああ…」
そういえば色々あってすっかり頭から消えていたが、手紙を預かっていたんだった。
侍女が怒ったような顔で言っていたのを思い出す。
この手紙には、小夜の思いが込められている。
確かそんなことを言っていたはずだ。
封筒を引っ張り出してしばらく見つめた後、朱里は城の裏手へと上がるための階段に腰を下ろした。
ひと呼吸置いて、封筒の中から手紙を取り出して広げる。
教育の行き届いた王族らしい綺麗な字が、紙上につらつらと並んでいた。
背景で静かな波の音が流れる中、朱里は小夜からの手紙に視線を落とした。
『お元気ですか?』という常套句で始まった手紙は、小夜の城での生活の報告に続き、次いで朱里の旅の安全を願って、最後はあっさりと『それではお元気で』の一言で締め括られて終わっていた。
拍子抜けするくらいに無難な内容だ。