「それに何かあったときは、ロキ様が力を貸してくれるっておっしゃってたし、心配はいらないわ」

あのロキがそんなことを言ったのか。

意外と気遣いのできる奴なのかもしれない。と思いかけたが、自分への仕打ちを思い出して激しく否定する。

「俺もすぐに飛んでくるから、何かあったらロキより先に知らせてくれ」

ロキへの対抗心から謎のアピールを繰り出す朱里。

女性がぷっと破顔した。

「分かった。そうするわ」


話も一段落したことだし、そろそろお暇するかな。

出されたグラスの中身を飲み干して、目線を窓の外に向けると、すっかり空は茜色に染まっていた。子どもたちの相手にずいぶん時間を食ってしまったらしい。

「それじゃあ、俺はこれで」

立ち上がりかけた朱里の袖を、少女たちの小さな手がぎゅっと掴んできた。

「王子様、今日は泊まっていったら?」

「そうよ。もっとたくさんお話したいわ」

「こらこら。王子様にも都合があるんだから、わがまま言っちゃ駄目よ」

すかさず止めてくれる女性の存在が、何ともありがたかった。

これが師匠だったら、さらに子どもを煽り立てているに違いない。


素直に母親の言葉を聞いて手を離した少女たちは、朱里の後についてホールの入口まで母親と共に見送りに出てきた。

それじゃ、と軽く頭を下げた朱里に、少女の一人が身を乗り出してくる。

「あのね。眠り姫は王子様のキスで目を覚ますの。だから大丈夫よ!」

あまりに必死に言うものだから、もう試した後だとは言えない。

「ありがとな」

笑って返すと、もう一人の少女が朱里を見上げて言った。

「お姫様と王子様は絶対ハッピーエンドなのよ。どの絵本でもそう決まってるんだから!」


おそらく二人とも、朱里を励まそうとしているのだろう。

だが、そもそもの前提が間違っている。
朱里は王子などではない。ただのトレジャーハンターだ。

「そうだといいな」

虚しさを押し殺して答えると、今度こそ朱里は少女たちとその母親に背を向けて歩き出した。

「次はお姫様と一緒に遊びに来てね!」

少女の声に、手だけ振って返す。

本当にそんな日が来るのかどうかは、今の朱里には分からなかった。


****



扉を開くと、予想どおりロキはソファに横たわってくつろいでいた。
戻ってきた朱里の姿を視界に入れて、形ばかり手を上げてみせる。

置き去りにしたことへの詫びはおろか、気まずそうな素振りさえない。

これで優しい方、などと言えるトールの妻は一体この男の何を見ているのやら。

朱里は苛立ちも露わに、大股でロキの元に歩み寄ると、思いきりその顔を睨みつけてやった。

「あんたのせいで散々な目にあったんだけど」

散々の部分を強調して嫌味たらしく言ってやる。

ロキが笑いを漏らした。

「彼女たちは目が肥えているからな。お前にはちょうどいい役回りだ。おかげでトールの妻と落ち着いて話ができた」

単に自分が子どもの餌食になりたくなかっただけではないのか。

なおも疑いの目を向ける朱里に、ロキが苦笑いを浮かべて体を起こした。

「礼を言っているんだ。助かったぞ、セバスチャン」

素直にそう言われると、朱里も責める気が失せてくる。

おそらく側近のトールも、普段からこうやって言いくるめられているに違いない。

最後の抵抗の意味も込めて盛大なため息をつくと、朱里は気を取り直して再度ロキに向き直った。

「ところで、この城に書庫とか本の集まってる場所ってあるか」

今はうだうだと文句を並べ立てるより、やるべきことがある。

朱里が何をしようとしているのか気づいたのか、ロキが苦笑をこぼした。

「お前も諦めの悪い男だな」

「ただ待つだけなんて、性に合わないんだよ。どんなに無駄だろうが、何もしないで後悔するよりずっとましだ」


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