「それに何かあったときは、ロキ様が力を貸してくれるっておっしゃってたし、心配はいらないわ」
あのロキがそんなことを言ったのか。
意外と気遣いのできる奴なのかもしれない。と思いかけたが、自分への仕打ちを思い出して激しく否定する。
「俺もすぐに飛んでくるから、何かあったらロキより先に知らせてくれ」
ロキへの対抗心から謎のアピールを繰り出す朱里。
女性がぷっと破顔した。
「分かった。そうするわ」
話も一段落したことだし、そろそろお暇するかな。
出されたグラスの中身を飲み干して、目線を窓の外に向けると、すっかり空は茜色に染まっていた。子どもたちの相手にずいぶん時間を食ってしまったらしい。
「それじゃあ、俺はこれで」
立ち上がりかけた朱里の袖を、少女たちの小さな手がぎゅっと掴んできた。
「王子様、今日は泊まっていったら?」
「そうよ。もっとたくさんお話したいわ」
「こらこら。王子様にも都合があるんだから、わがまま言っちゃ駄目よ」
すかさず止めてくれる女性の存在が、何ともありがたかった。
これが師匠だったら、さらに子どもを煽り立てているに違いない。
素直に母親の言葉を聞いて手を離した少女たちは、朱里の後についてホールの入口まで母親と共に見送りに出てきた。
それじゃ、と軽く頭を下げた朱里に、少女の一人が身を乗り出してくる。
「あのね。眠り姫は王子様のキスで目を覚ますの。だから大丈夫よ!」
あまりに必死に言うものだから、もう試した後だとは言えない。
「ありがとな」
笑って返すと、もう一人の少女が朱里を見上げて言った。
「お姫様と王子様は絶対ハッピーエンドなのよ。どの絵本でもそう決まってるんだから!」
おそらく二人とも、朱里を励まそうとしているのだろう。
だが、そもそもの前提が間違っている。
朱里は王子などではない。ただのトレジャーハンターだ。
「そうだといいな」
虚しさを押し殺して答えると、今度こそ朱里は少女たちとその母親に背を向けて歩き出した。
「次はお姫様と一緒に遊びに来てね!」
少女の声に、手だけ振って返す。
本当にそんな日が来るのかどうかは、今の朱里には分からなかった。
扉を開くと、予想どおりロキはソファに横たわってくつろいでいた。
戻ってきた朱里の姿を視界に入れて、形ばかり手を上げてみせる。
置き去りにしたことへの詫びはおろか、気まずそうな素振りさえない。
これで優しい方、などと言えるトールの妻は一体この男の何を見ているのやら。
朱里は苛立ちも露わに、大股でロキの元に歩み寄ると、思いきりその顔を睨みつけてやった。
「あんたのせいで散々な目にあったんだけど」
散々の部分を強調して嫌味たらしく言ってやる。
ロキが笑いを漏らした。
「彼女たちは目が肥えているからな。お前にはちょうどいい役回りだ。おかげでトールの妻と落ち着いて話ができた」
単に自分が子どもの餌食になりたくなかっただけではないのか。
なおも疑いの目を向ける朱里に、ロキが苦笑いを浮かべて体を起こした。
「礼を言っているんだ。助かったぞ、セバスチャン」
素直にそう言われると、朱里も責める気が失せてくる。
おそらく側近のトールも、普段からこうやって言いくるめられているに違いない。
最後の抵抗の意味も込めて盛大なため息をつくと、朱里は気を取り直して再度ロキに向き直った。
「ところで、この城に書庫とか本の集まってる場所ってあるか」
今はうだうだと文句を並べ立てるより、やるべきことがある。
朱里が何をしようとしているのか気づいたのか、ロキが苦笑をこぼした。
「お前も諦めの悪い男だな」
「ただ待つだけなんて、性に合わないんだよ。どんなに無駄だろうが、何もしないで後悔するよりずっとましだ」