豪勢なシャンデリアの吊り下がったホールに入ると、守衛の兵がロキに深々と頭を下げた。
疑っていたわけではないが、このロキという男がシルドラ王であるのは本当らしい。
肩にかけた上着をひるがえしながら前を行く堂々とした背中に、朱里は何とも言えない気持ちになった。
同志だと思っていた矢先の、ライバル発言だ。
一方は家なしのトレジャーハンター、もう一方は一国を司る王。しかもやたら造形が整った美形ときたものだ。
天は二物を与えずなんて言ったのは、どこの誰だったか。
ロキを見ていると、平等なんて糞くらえと言われている気分になる。
ちょうど廊下をすれ違った侍女が、頭を下げながらロキをちらと見上げて頬を染めているのを目にして、さらに朱里はげんなりとした。
間違いなくロキは、女性に好意を持たれやすいタイプの男だ。
小夜にしてみても、ロキのような男から求婚されれば悪い気はしないだろう。
国を治める立場であることを一旦置いても、ロキとの婚約を断る理由などないように思えた。
二人が並べば、言葉どおり絵になるに違いない。
一瞬脳裏に、差し出されたロキの手を取って微笑む小夜の姿が浮かんだが、激しく首を振って蹴散らした。
代わりにドレス姿の小夜の隣に自分を並べてみるが、悲しいかな、違和感しか生まれない。
「はあ…」
絶望的に重いため息を漏らしたところで、前を行くロキが怪訝そうにこちらを振り返った。
「人の部屋の前でため息をつくな」
言われて顔を上げると、ロキがいつの間にか出現した扉に手をかけていた。
気もそぞろのうちに、どこかの部屋の前に辿り着いていたらしい。
大きく開け放った途端、朱里の顔を潮の匂いを帯びた風が吹き抜けていった。
調度品の少ない広々とした室内の奥で、天井まで伸びた大きな窓が開放されているのが目に入る。
その向こうには、空と海が境目を曖昧にしたまま青く澄み渡っていた。
「入れ」
それだけ告げると、ロキはそのまま床に乱雑に散らばった書類を器用に避けながら、部屋の中央にぽつんと置かれたカウチソファに腰を下ろした。
慣れた手つきでソファの上に残っていた書類を拾い上げると、興味なさげに床に落とす。
その動作に呆れながら、朱里も部屋に足を踏み入れた。
おそらくここがロキの私室なのだろう。
一面真っ白な壁で囲まれていて、窓の奥に広がる青い海とのコントラストが美しい、清潔感のあるいい部屋だ。
唯一それを台無しにしている床に視線を落としていると、いつの間にかソファに横になったロキが声を発した。
「お前も好きに寛げ。触られて困るものはない」
と、言われても。
ぐるりと室内を見渡して、最終的にロキのいるソファに視線を戻す。
寛ぐ場所なんてそこしかないじゃないか。
お前には床がお似合いだとでも言いたいのか、このひねくれた王様は。
ソファで悠々自適に寛ぐロキをひと睨みすると、何を思ったのか、朱里はその周囲に散らばった書類を拾い始めた。
すべて回収したところで、ソファに横たわったロキの元に真っ直ぐ歩み寄る。
なんだ、と視線を上げたロキの顔の上に、盛大に書類の束がばらまかれた。
突然の白い雨の中、目を瞬かせるロキを見下ろして朱里が言い放つ。
「これ全部あんたの仕事だろ。休んでていいのかよ、王様」
あえて王様を強調してみせる。
完全に嫌がらせだ。
若干ロキがむっと眉根を寄せるのが見えて、内心ざまあみろと朱里は不敵な笑いをこぼした。
すぐに反旗が返されるとも知らずに。