「お前が小夜にしたこと、俺は絶対に許さない。何があっても罪を償わせてやるからな」

耳に届いているのか、トオヤは無表情のまま、立ち去る二人の背中をじっと見つめていた。

本当ならこの場で殴り倒して小夜の元から引き剥がしたい。

だがそうできない自分の立場に歯がゆい思いばかりが胸を焼く。


苛立ちも露わに大股で歩いていると、隣のロキが苦笑を漏らした。

「何を考えているのかだだ漏れだぞ」

「あんたもな」

間髪入れずにそう返して、ちらとロキの握りこぶしを見る。

「お互い考えてることは同じだ。あいつのすかした面をぶん殴ってやりたい。そうだろ?」

朱里の言葉にロキがわずかに目を見開いた後、ふっと笑った。

「違いない」


城の門の向こうで待つ馬車が見えたとき、ロキが目を細めて告げた。

「そう遠くない未来、必ず俺たちの願いが叶うときは来る。それまでの辛抱だ」

大きく頷いて、朱里は背後にそびえる白亜の城を振り仰いだ。


***



靴音を打ち鳴らしながら、トオヤの背中が城の廊下を進んでいく。その足取りは軽快だ。

もし仮に彼の側をすれ違う者がいたとすれば、その顔がうっすら笑みを浮かべているのに気づいただろう。

トオヤは確実に近づきつつある夢の実現に、胸を躍らせていた。

計画は驚くくらいに順調だ。
姫が愚かなせいで、当初思い描いていた形とは違うものになってしまったが、別段問題はない。

復興作業の中心となって動いたこともあり、この町の民が自分に寄せる信頼は厚い。
姫亡き後、仮に自分が新たな城主となっても非を訴える者は少ないだろう。

厄介者も先ほど去った。

あとは唯一残った小さな障害を消せば、自分の夢を妨げるものは何もなくなる。

簡単なことだ。
障害と言っても、もはや抵抗すらできない壊れかけの木偶なのだから。

「眠り姫のお加減はいかがかな」

小さくほくそ笑んで、トオヤは小夜の眠る部屋に向かって歩みを続けた。


***



ノックもせずに扉を開くと、待ち構えていたかのように、ロキの側近であるトールが部屋の入口に佇んでいた。

目を見張るトオヤを見下ろして、トールは紳士的な微笑みを浮かべた。

「何のご用件でしょう?」

「臣下が主の元を見舞うのに、理由が必要ですか?」

質問に質問で返すトオヤに、トールは笑みを崩さないまま難なく答えを口にする。

「あいにくですが、私は殿下からこの部屋に誰も通すことのないよう命を受けています。例外はありません」

誰が聞いても筋の通らない滅茶苦茶な言い分だ。

トオヤは不愉快そうに眉を寄せると、立ち塞がる男を肩で押しのけて前に歩み出ようとした。

が、突然伸びてきた腕に行く手を阻まれる。

トールが入口の壁に腕をついて、トオヤの入室を遮ったのだ。

睨みつけるトオヤを静かに見下ろして、トールは穏やかな口調で言った。

「聞こえませんでしたか?理解が難しいと言うのなら、言い方を変えましょう。この部屋はたった今からシルドラ国の管轄するところとなりました。無闇に立ち入れば、我がシルドラ国に敵意ありとみなします」

トオヤの顔に緊張が走った。

「…それは、姫もろともこの城をシルドラ国の支配下に置くという意味ですか」

トオヤの言葉に、トールが目を丸くして笑いをこぼす。

「そこはご心配なく。殿下自身、この国を侵略しようなどとは露ほども考えていませんよ。ただ、未来のお后様の身を案じているだけです。ここに一人残していては、何が起こるか分かりませんからね」

含むような言い方をした後、トオヤを見下ろす涼やかな目がすっと細められた。

「私はこの件に関して、ロキ殿下からすべてを一任されています。言うなれば、ここにいるのは私であって、私ではないんですよ」

トオヤの背中にぞくりと寒気が走った。

自分の前に立ち塞がる者が誰なのか、ようやく悟ったからだ。

ここにいるのはシルドラ王の側近ではない。

トールの姿を通して、こちらを不敵に見下ろすロキの姿が浮かんで、トオヤは思わず歯噛みした。

王の言葉を無視すればどんな結果が待っているのか、容易に想像はつく。

大国を敵に回せば、トオヤの夢などいとも簡単に踏み潰されてしまうだろう。

ここはトールの言葉に従うほかなかった。

「…分かりました。姫をよろしくお願いします」

苦々しげに建前を吐き捨てると、トオヤは急きょ現れた姫の番犬に背を向けて歩き出した。

「お分かりいただけたのなら、幸いです。事を荒立てずに済みますから」

追い打ちをかけるように背中に届いた声にも、ただ唇を噛み締めて耐えるしかなかった。




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