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第2章
夢と使命の狭間で
木漏れ日が点々と光の粒を落とす昼下がりの小路を、朱里と小夜は並んで歩いていた。
「結局お前も散歩かよ」
「難しそうなお話ばかりだと、息するのを忘れちゃって」
困り顔で笑いをこぼす小夜に、朱里も思わず頬を緩めた。
「同感だな」
二人はトオヤの屋敷を出た後、町の中心部へ向かって町外れの道を進んでいた。
真っ直ぐに伸びる小路は左右を木々に囲まれていて、時折風だけが木の葉を揺らしていく。
郊外にはこれと言って建物もないため、この道を通る人も稀のようだ。
今も二人以外には誰の姿もない。
こうやってのんびり肩を並べていると、まるでいつもどおり旅をしてるみたいだな。
思った後で、朱里はすぐそれを自ら打ち消した。
無意識のうちに現実から逃避しようとする自分の弱さに、思わずため息が漏れた。
「朱里さん…」
呼ばれて、咄嗟に朱里は平静を装う。
「どうした?」
視線を向けたものの、小夜の顔は横髪に隠れて見えない。
それでもじっと待っていると、小夜が小さな声で言葉を紡いだ。
「…私の問題に朱里さんを巻き込んでしまって、ごめんなさい」
風がさらさらと小夜の髪を揺らしていった。
少しだけ見えた横顔は、悲しそうに足元を見つめていた。
「こんなところまで一緒に来ていただいて、今さら謝っても遅いかもしれないですが…」
そこで口をつぐんだ小夜に、朱里は食い気味に言葉を返していた。
「他人行儀な言い方するなよ。俺は」
──俺は?
その後が続かない。
俺は、何だ?
今もこいつの相棒でいるつもりなのか。
心のどこかで声がした。
大事な話に加われもしない、国の内情にも無頓着で置いてけぼりのお前のどこが相棒なんだ?
すぐ隣では、小夜が言葉の続きを待ってこちらを見上げている。
その不安の浮かんだ瞳には、今の自分はどう映っているのだろう。
頼るべき相棒として、果たして映っているのか。
「…俺は自分の意思で来てるんだから、謝んな」
それだけ答えて、朱里は小夜から顔を逸らした。
再び、小路は静寂に包まれた。
店が軒を連ねる大通りは復興中とはいえ、行き交う人で賑わいを見せていた。
この道を通るのもずいぶんと久しぶりだ。
小夜と出会う前、城に忍び込む前にこの辺りの食堂で飯を食べたはずだが、記憶の中の店は見当たらなかった。
おそらくハンガルからの攻撃の際に受けた被害が大きかったのだろう。
無理もない。
ここは城からの距離も近い。
朱里の当時の記憶では、この辺りは一面瓦礫の山になっていたはずだった。
「人の力ってすごいな。ここまで修復できるなんて」
通りを歩きながら、朱里は思わず感嘆の声を上げていた。
「はい、本当に…」
隣を見ると、鼻の頭を赤くして辺りを見渡す小夜がいた。
その目元は心なしか潤んでいる。
小夜からすれば、久しぶりの帰郷だ。
本当はずっと気にかかっていたに違いない。
言葉や態度には出さなかっただけで、朱里と旅を続けている間も、幾度となく置いてきた故郷のことを思うときがあっただろう。
ようやく今、小夜は戻ってこられたのだ。
こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪える小夜の肩に、朱里は軽く手を添えてやった。
「お前の町、元気そうでよかったな」
「…はいっ」
服の袖で目元を擦ると、小夜は朱里に素直な笑顔を向けてきた。
朱里も小さく笑みを返す。
この町こそ、お前が本来帰る場所なんだな。
胸の奥にわずかな痛みが生まれたのが分かった。
ちくり、と何かが胸を刺す感覚。
小夜が帰る場所は自分だけなのだと豪語していたのは、いつの頃だっただろうか。
もはや思い出せないほどに、現実は全く違う形で朱里の目前に横たわっていた。