「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでも急すぎます。私が突然帰らなくなったら家族も心配しますし…!まだ子どもだって小さいのに…」

一気にトールから生活感があふれた気がした。
家族を心配する男の顔に、なんかいい父親してそうだもんな、なんてどうでもいいことをぼんやり考えていると、赤髪の男がさらりと告げた。

「心配するな。お前の家族には俺から知らせておく。だからお前は安心して24時間体制で姫の警護にあたれ」

あまりに容赦がなさすぎて、なぜだか朱里が申し訳ない気持ちになる。

トールは心持ち肩を落として、それでも健気に首を縦に振ったのだった。

「…分かりました。でも絶対家族に伝えるのだけは忘れないでくださいよ。浮気でも疑われたらたまりませんからね」

「それはそれで見応えがありそうだがな」

ニヤリと笑う赤髪にトールが食ってかかる。

「坊ちゃん!本当に勘弁してくださいよ!」

赤髪に向けられたその目はひどく恨めしそうだ。

だが赤髪のほうはさして気にも留めていないらしい。手をひらひら揺らして軽くあしらうだけだ。


俺は一体何を見せられているのだろう。

朱里が所在なさげに視線を宙にさまよわせた頃、ようやく赤髪の男が話を本筋に戻してきた。

「さて、話もまとまったことだ。早々に出発するぞ」

強制的にまとめたの間違いだろう。

もの言いたげなトールをちらと横目に見て、朱里は赤髪の男に視線を戻す。


そういえば、身を隠す先として肝心なことを聞いていない。

朱里は前に立つこの男について、何も情報を知らされていないのだ。このまま素直につき従うにはあまりに無謀だった。

さっそく背を向けて部屋を出ていこうとする赤髪の男を呼び止めて、朱里はその背中に疑問をぶつけていた。

「あんたが何者なのか、まだ聞いてないんだけど」


赤髪の男が肩に羽織った上着の裾を大きく揺らしながら振り返る。

「ああ。そういえば名乗ってなかったな」

燃えるような赤い髪の下で、男は口の端を持ち上げて妖艶な笑みを浮かべた。


「俺の名はロキ。隣国シルドラの王だ」


「おっ…」

思わず言葉に詰まる。

一瞬聞き間違いかとも思ったが、よくよく考えてみればあり得ない話ではなかった。

一般人とは違う身なりの良さに、独特な言葉遣い。側に控える男を側近と呼んでいたこともある。

それに加えて、この傲慢すぎる態度と体中からあふれ出るような自信。

思えば王を絵に描いたような人物だ。

しかし、ロキと名乗った男の発したシルドラという言葉が気にかかった。

以前小夜とトオヤがシルドラ王について話していたのを、朱里も軽く耳にはした。

曖昧な記憶ではあるが、確か自分の父親を殺めて王位を奪ったという話ではなかったか。

(…こいつが、そのシルドラ王…?)

今のところ朱里の敵ではないらしいが、そう簡単に信用もできない。

そもそもなぜシルドラの王が、見も知らない自分などに構うのか。
このまま放って処刑されたからと言って、この王の痛手には微塵もならないはずだ。

完全な善意なんてものが本当に存在するのか。

朱里は探るようにロキの青い瞳をじっと見つめた。

「どうして俺をかくまってくれるんだ。あんたには何の利点もないはずだろ」

ロキの目が朱里から小夜のほうにちらりと移る。

「あまり悲しませたくはないからな。姫にとってお前はどうも特別な存在らしい。それに、あの男の狙いどおり事が運ぶのは面白くない。俺が手を貸してやるんだ。お前には存分に掻き回してもらうぞ」

すぐさまニヤリと性根の悪い笑顔を浮かべるロキに、朱里は目を瞬かせた。

悲しませたくないというのは、きっと小夜のことを指しているのだろう。

この男と小夜がどういう関係なのかは知らないが、少なくともロキのほうは好意的に思っているだろうことが窺えた。
小夜が受けた仕打ちに苛立ちを見せたのも、そこに起因しているに違いない。

信用はできないが、ここでロキの提案を拒否する理由も見つからない。
朱里は渋々ロキの言葉に頷いてみせた。

「ああ。望むところだ」

今は共通の敵もいる。
ここは一旦手を組むのが得策なのだろう。


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