振り返ると、朱里から数歩離れた後ろでベッドの上に視線を送る赤髪の男の姿があった。

「ずっと、って…」

「転落した後から一度も目覚めていない」

その言葉に、赤髪の隣に立っていたトールが辛そうに顔を曇らせるのが見えた。

朱里は瞬きもせず記憶を辿る。

あれから何日経った?何度、牢の通路に日が差し込むのを見た?
その間ずっと小夜は眠ったままでいるのか?

小夜の小さな唇からは、寝息が聞こえてきそうだった。

頭や腕に包帯が巻かれていること以外は、別段変わったところはない。
今すぐにでもそのまぶたが開いて、眠たそうに目をこすりながら笑いかけてきてもおかしくないくらい、いつも側にあった寝顔だ。

何かの間違いじゃないかと名前を呼んでみたが、反応はまったく返ってこなかった。
シーツの上に置かれた小さな手を握ってみても、その指先はぴくりとも動かない。

「…こいつ、いつ目が覚めるんだ」

小夜の顔を見つめたまま、無意識に口が動いていた。

言った自分でも自覚するくらい馬鹿らしい質問だった。
だがそれを無視することも笑うこともなく、赤髪の男は返答した。

「今すぐ目覚めるかもしれんし、この先ずっと眠り続けるかもしれん。こればかりは誰にも分からん」

しん、と空気が重く静まり返った。

縁起でもないことを言うな、と一蹴すればよかったのかもしれないが、朱里には返す言葉が見つからなかった。

ただ頭の中で男の声だけが繰り返し反響する。
現実を受け入れろと言っているかのように。


眠る小夜の頬に触れると、ほのかな温もりが手のひらに伝わってきた。
口元に手を寄せると、呼気を感じることもできた。

小夜は今も朱里の目の前で確かに息づいている。
何かが失われたわけじゃない。

朱里は大きく息を吸い込むと、自分を奮い立たせるように小夜の手を強く握り締めた。

「お前に言えてないこと、まだたくさんあるんだ。だから絶対、眠ったままになんかさせない」

手段があるわけではない。それでも言葉にしておきたかった。
もしかしたら自分への戒めにしたかったのかもしれない。

後悔は十分すぎるほどにした。
これから先はとにかく前進するだけだ。
おそらく小夜の誇る相棒とは、そういう奴だったはずだ。


目前の寝顔に誓いを立てていると、後ろから赤髪の男が声を発した。

「目覚めさせると言えば…」

呟いて神妙な面持ちであごに手を添える。

振り返って続きを待つ朱里に、男は人差し指を立てて言い放った。

「どこかの文献でこういう話を目にしたことがある。眠り続ける姫には口づけが有効的だとな。確か実例がいくつかあったと思うが」

「く、口づけ…?」

あまりに場違いな提案に動揺する朱里に、男はいたって真剣な顔で頷いてみせた。

「可能性はゼロではない」

言い切る男に背を押される形で、朱里は小夜のほうに向き直る。

赤髪の側に控えていたトールが、

「ちょっと…!それは童話の中の話でしょうが…!」

慌てたふうに小声で非難するのには気づかない。

「今はそんな冗談言ってる場合じゃ…」

そこまで言って、朱里のほうに視線を向けたトールは、突如顔を赤く染めて押し黙った。

赤髪の男がふふんとほくそ笑む。

「あいつには冗談でもないようだ」

見守る二人の前方で、眠る小夜に重ねていた顔を離して朱里が振り返った。
わずかに赤くなった顔で赤髪の男を睨みつけて言う。

「おとぎ話だろうと構わない。どんな馬鹿な方法だって、小夜が起きる可能性があるなら何だってやってやる」

朱里の真っ直ぐな視線に、トールが赤髪の腕を肘で小突いた。

「完璧に坊ちゃんの負けですよ。これ以上、好青年をからかわないでください」

「だがこれで証明できただろう。こいつは決して姫を突き落としなどしない」


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