「…俺にも何かできたはずなんだ…。あいつの本性を知ってる俺なら、どうにかして止めることだってできたはずなのにっ…」
抱えた膝に顔を埋めたとき、男が再び口を開いた。
「だから自分が悪いと?その責任を取って、このままむざむざ処刑されても構わないと言うのか?ふざけるな。いつまでこんな牢の中にこもっているつもりだ。お前が今すべきは、他人になすりつけられた罪を大人しく受け入れることじゃないだろう。なぜ顔を上げて自分にできる最善を考えない。真の責任を放棄するな」
真っ直ぐにこちらを見据える男の目には、なぜか怒りの色が浮かんで見えた。
まるで朱里を通して、見えない何かと対峙しているかのように、男の瞳が悔しそうに細められる。
「そうやって座り込んでいるのは楽でいい。何も考えず、いつか下るだろう罰をのうのうと待っていればいいのだからな。だが、それはお前が本当に罪人ならの話だ。お前のことは姫から聞いている。頼りになる相棒だと、そう誇らしげに笑っていた。お前が今も姫の相棒であるのなら、姫の信頼を裏切らない行動をとれ。それがお前の背負うべき責任だ」
その言葉に、目の前の闇が霧散していくような気がした。
不思議なことに男は朱里の思いをすべて理解しているようだった。
小夜の相棒として取るべき行動。
間違ってもそれは、こうして牢の中にこもって罰を待ち続けることではないはずだ。
ならば、自分がすべきことは──。
頭の中は冴えていた。
数日ぶりに腰を上げ、両足で床を踏みしめる。
鉄格子の前に歩み出ると、男が朱里を見て満足そうに笑みを漏らした。
「それでいい」
目の前に立つこの男が何者なのかは分からない。
だがおそらく敵ではない。
今はそれが分かれば十分だ。
「トール」
それから間髪入れず男が口にした聞き覚えのない名を受けて、すぐ傍らの闇の中から見知らぬ中年の男が現れた。
気づかなかっただけで、初めから赤髪の男の側に控えていたのかもしれない。
「坊ちゃん、勝手にこんなことして後でどうなっても知りませんよ」
言いながら鉄格子にかけられた錠の鍵を外すと、トールと呼ばれた男は再び一歩後ろに退いた。
赤髪の男がニヤリと笑う。
「安心しろ。責任は俺が取る」
言って、男は朱里の目の前で何の躊躇もなく牢を開け放った。
無造作に肩に羽織った上着が大きくはためく。
朱里に青い瞳を留めて、赤髪の男が口元に笑みを湛えて言い放った。
「形勢逆転のチャンスだ。覆してみせろ」
廊下を足早に、前を行く赤髪の男の背中について歩きながら、朱里は考えを巡らせていた。
正直この男の狙いは今のところまったく読めない。
どこの誰なのかも、何の意図があって朱里を解放したのかも依然謎のままだ。
その格好と、後ろに付き従うトールという男から坊ちゃんと呼ばれていたところを見ると、貴族階級の人間なのかもしれない。
貴族という言葉にトオヤの顔が思い浮かび、途端に嫌な気分になった。
だが、この赤髪は朱里を牢から出したのだ。さすがにトオヤの仲間ということはあるまい。
胸に浮かんだ一抹の不安を払拭したところで、朱里は赤髪の男の背中に声をかけていた。
「どこに向かってるんだ」
男はちらと朱里を振り返り、飄々とした態度で告げた。
「姫の私室だ。姫に会わせてやる」
「小夜は無事なのか…!」
思わず食い気味に声を上げる朱里に、男は顔を前に戻して答えた。
「自分の目で見て確かめるんだな」
胸に小さな灯がともった感覚だった。
じわじわと湧き上がる希望に、朱里はこぶしを握り締めて歩を進めた。
焦る気持ちのままに部屋の扉をくぐり抜けると、ベッドの上に小夜の姿があった。
「小夜!」
駆け寄り、その顔を覗き込む。
包帯が巻かれた頭の下で、小夜のまぶたは固く閉じられていた。
最後に見たときと比べて顔に血色が戻っているのに気づいて、朱里はほっと安堵する。
「なんだ、寝てんのか…」
旅をしていた頃と変わらないあどけない寝顔に笑みをこぼしたとき、背後から声が返ってきた。
「ああ。ずっと眠ったままだ」