第8章

小夜からの手紙





「…これはどうなっている」

目の前のベッドを見下ろして、表情を険しくしたロキがそう呟いた。


その知らせは今朝、早馬を通してシルドラ城に入った。

マーレン国王女が罪人に襲われ窓から転落し、意識不明の状態だと。

トールとともに馬を走らせマーレン城の小夜の私室に駆けつけたところで、ロキはベッドの上で眠る小夜と対面していた。

頭や腕に幾重にも包帯が巻かれた小夜は、目覚める素振りもなく眠り続けている。

数日前に笑顔で手を振って別れた小夜の姿を思い出して、ロキの眉間にしわが寄った。

「…次に来るときは、町を案内してくれるんじゃなかったのか」

声をかけても返事はない。
固く閉ざされたまぶたが、ロキの言葉が一切小夜に届いていないことを証明していた。

ロキは睨みつけるように、背後のトオヤを振り返った。

「姫を襲った罪人は?」

「今は牢に」

答えた後で、間を置かずトオヤが付け加える。

「以前から牢に捕えていたのですが、そこを抜け出して姫を連れ去ろうとでも考えたのでしょう」

「姫を連れ去る?なぜだ」

「一年前、姫をさらったのがこの罪人だからです」

トオヤの言葉にロキは目を見張った。

脳裏に夕陽を湛えた海が広がり、旅の相棒のことを嬉しそうに語る小夜の横顔が甦った。

「…姫と旅をしていた男が、彼女を突き落としたと言うのか」

「ええ。そうです」

迷いなく頷くトオヤに、ロキは鋭い視線を向ける。

「そのときお前はどこにいた」

一瞬、室内に静寂が満ちた。

わずかにトオヤの口が苦笑を漏らすのを、ロキは見逃さなかった。

「自室にいましたが、なぜ?」

主がこんな状態だというのに落ち着き払った涼やかな瞳は、今や猜疑心をあおるものでしかなかった。

この男は嘘をついている。
その分厚い皮の下に隠れた本性は、おそらく今も笑いを湛えているに違いない。

飄々とした態度を崩さないトオヤを睨みつけたまま、ロキは努めて無関心を装った。

「別に。ただの気まぐれだ」

視線をベッドの上の小夜に戻して、そのまま押し黙る。これ以上、口を開く気にもなれなかった。




しばらくして、用事があるというトオヤは退室し、ロキとここに来て以来無言のトール、そして眠り続ける小夜が残された。

ベッドに視線を留めたまま、ロキは考えを巡らせる。

相棒の男が小夜を突き落とす瞬間を誰も目にしていないのであれば、真実を証言できるのは被害者である小夜をおいてほかにいない。
だが、肝心の小夜は意識不明の状態だ。放っておけば相棒の男がすべての罪を背負って処刑され、この件は終息を迎えるだろう。

小夜が目覚めないかぎり真実は闇に葬られる。

もし目覚めても、その頃には小夜が大切に思い続けていた男の命は失われた後だ。

当然、このまま何もせず傍観していても、ロキ自身に火の粉がかかることはない。
むしろ他国の問題にあまり首を突っ込むべきではないのかもしれない。

だが、とロキは思いとどまる。

目の前で眠り続けるこの王女は、ロキを信じるに値すると判断したからこそ、協定を申し出たのではなかったか。

タイミングとしては最悪だったはずだ。
小夜が話を打ち出してきたのは、ロキが父を手にかけたと明かした直後のことだった。

ロキの罪を知り、それでも小夜は信じる意思をこちらに示したのだ。

これまで自覚はしていなかったが、もしかしたら自分はそれが嬉しかったのかもしれない。


「おい、トール」

振り返ると、目を赤くしてじっとこらえるトールの姿があった。
その視線はベッドの上の小夜に注がれている。

「…お前な。こんなところで感傷に浸るな」

「すみません…。でもあんなに元気で笑ってらっしゃった姫様がこんな目に遭うなんて、お労しくて…。その罪人、絶対に許せません…!」

目元を拭って憤るトールに、ロキは苦笑する。

情に厚いのがこの男の長所だとは思うが、いささか厚すぎて暴走気味なのが問題だ。

宥めるようにトールの肩に手をおいて、ロキは言ってやった。

「怒りの矛先を向けるべき相手は、おそらくそいつじゃない」

「え?」

目を丸くするトールに背を向けて、ロキは部屋の扉に向かう。

「ついて来い。これからそれを明らかにする」

事の真相を知るのは、眠り続ける小夜とおそらくトオヤ。

そしてあと一人、ロキには思い当たる人物がいた。




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