涙の溜まった視界に、トオヤの姿をした影がにやりと笑うのが映った。
昔、本の挿絵でよく似た存在を目にしたことがある。あれは、確か。
「君はこの城のためによく尽くしてくれた。なるべくなら処刑したくはない。君だってこんなところで無駄死には嫌だろう?」
ささやきかけるような優しい声音。
口元の裂けた影がライラの瞳を覗き込んでくる。
そして影はぞっとするような低い声で、こう告げた。
「死にたくなければ、今すぐ消えろ。二度と城に戻ってくるな」
これは提案ではない。命令だ。
戻れば殺すと、この影は暗にそう脅しているのだ。
自分の眼前に迫った顔を見て、ライラはようやく思い至った。
ああ、そうだ。悪魔だ。
今私の目の前には悪魔がいる。
気まぐれに人の命を奪い、また気まぐれに泣きすがる人に手を差し伸べる素振りを見せる。
そうしてあざ笑いながら、周囲のすべてを暗い澱みに沈めていく存在。
この人にはできないやり方で小夜様を幸せにしようなんて、初めから無理だったのだ。
悪魔になんか勝てっこない。
呆然と立ち尽くすライラに屈託のない笑顔を向けると、トオヤは言った。
「それじゃあ、元気で」
人間の姿を模した悪魔が、脇をすり抜け部屋を出ていく。
背中に遠ざかっていく靴音を聞きながら、ライラは一人うなだれるしかなかった。
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