言葉のナイフが容赦なく小夜の心に突き立てられる。
けれど、そんなものは致命傷にはならない。
見知らぬ誰かの隣で笑う青年の姿を思い浮かべて、小夜は微笑みを浮かべた。
「…いいんです。彼が一人きりじゃなければ…幸せなら、私はそれでいいんです」
さっきもそう願ったばかりだ。
彼が笑っていられるのなら、そこに自分はいなくていい。
自分はすべてを失ったわけではない。
彼がくれたネックレスに、記憶の中に残る彼との思い出。それだけあれば十分だ。
彼の名残を胸に抱いて微笑む小夜に、背後から声が放たれた。
「馬鹿らしい」
小夜の思いは、その一言にあっけなく一蹴される。
「よくもそれだけ綺麗事ばかり並べ立てられますね。幸せならそれでいい?違うでしょう。彼の隣に自分以外の女がいるなんて、想像しただけで腸が煮えくり返るくらい悔しいくせに」
「違いますっ…」
なかば叫ぶように否定した小夜の肩に、トオヤの手が触れた。
びくりと反応する小夜の耳元に口を寄せてトオヤがささやく。
「それならなぜ、泣いているのですか?」
え、と漏らした小夜の目から、熱いものが頬を伝い落ちた。
白くなるほど強く握り締められた手の甲を雫が濡らしていく。喉の奥から熱が込み上げてくる。
「その涙があなたの答えでしょう?」
何も分からないふりで、激しく首を振っていた。
トオヤの言葉を肯定したくなかった。
自分の中にそんな汚い感情があるだなんて、認めたくない。
肩に置かれたトオヤの手が、するりと二の腕を撫でた。
「…ほらね。そんなネックレスにすがりついていても、自分がみじめになるだけですよ。かわいそうに」
最後の言葉に、さらに目頭が熱くなった。
ぼたぼたと大粒の涙がこぼれ落ちる。
彼が幸せならそれでいい。
そう願ったのは嘘じゃない。
けれど、それで自分が幸せになることもないだろうと、本当は心のどこかで分かっていた。
自分の幸せのありかは、どこまでも彼の隣にあるのだから。
ネックレスを胸に抱いて、小夜は泣きながら必死に言葉を紡ぐ。
「…自分がみじめなのは分かってます…。でも私の心は弱いから、大丈夫だって思い込まないと一人じゃ立っていられない…!思い出にすがらないと前に進めないんですっ…!」
言葉にすると、なんて虚しいのだろう。
彼の幸せを願うのも、結局は全部自分への慰めなんだと思い知らされる。
後ろからトオヤの腕が伸びてきた。
そのまま小夜の体を抱いて、柔らかな声音が告げる。
「小夜様、もういいんですよ。前に進もうなんて思う必要はないんです。あなたはよく頑張りました。あとは全部私に任せて、ゆっくり休んでいてください」
背中に感じる温かな体温は心地の良いものだった。
優しい言葉に、このまま身を任せてしまいそうになる。
けれど彼の口から出てくる言葉はきっと、甘い罠でしかない。
自分の肩を抱くトオヤの腕から抜け出すと、小夜は振り返ってその顔を正面から見上げた。
穏やかな緑の双眸。
だがその奥にあるのは、小夜への労りでは決してない。
自分の夢を現実のものにしようとする野心の火が、音もなく燃えているのだ。
この炎に飲まれるわけにはいかない。
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