優しい声音が耳朶を震わせる。
小夜の瞳を覗き込んでトオヤが続けた。

「もう疲れたでしょう。全部投げ出してしまいたいでしょう。あなたにとっては王女という地位も、国も、民だって重荷でしかない。永遠につきまとう呪いのようなものです。私はそんなあなたを救いたい」

優しい言葉にすがってしまいたくなる。

私はやっぱり無理をしていたのだろうか。
側で見てきたトオヤがそう言うのだから、そうなのかもしれない。

トオヤの言葉がすべて正しいのかも…。


緩んでうっすら開かれた小夜の唇を、トオヤが指でなぞりながらささやいた。

「小夜様、すべてを放棄してしまいましょう。あなたを苦しめる王位という重圧も、あなたから自由を奪う国民も、すべてを私にゆだねてしまえばいい。そうすればあなたは、私の隣で微笑んでいるだけでいいのです」

にたり、とその口元が大きく引き裂かれるのを目の当たりにして、小夜の中に違和感が生まれた。

何かが違う。トオヤの言っていることは、何かおかしい気がする。

全てを他人任せにして笑っていればそれでいい?
本当にそうなのか?

自分に優しい言葉をかけてくれるこの人の、真意はどこにあるのだろう。

気づけば口が動いていた。

「…トオヤは、どうして私を国に連れ戻したんですか…」

トオヤの瞳がすっと細められた。

「夢を手に入れるためです」

「夢…?」

トオヤの口からは初めて聞く言葉だ。

思えば小夜はトオヤのことをほとんど何も知らない。

続きが気になってその顔をじっと見つめていると、トオヤが微笑みを返してきた。

「城も王位も、あなたにとっては要らないものだった。だからすべてを捨てて逃げ出したんですよね?」

冷たい手のひらが小夜の頬をするりと撫でていく。

小夜は無意識のうちに首を横に振っていた。

「違う…。私は一度もそんなふうに思ったことなんて…」

「では、彼の手を取って逃げ出したのは、一時の気の迷いですか?彼の側にいた一年は過ちだったとおっしゃるんですね?」

返す言葉に詰まった。
思いもしないことをそうだとは言えない。

言い淀む小夜の様子を満足そうに見下ろしながら、トオヤが続けた。

「あなたにとっては要らないものでも、私には求めてやまない夢なんです。シルドラ王に横取りなんかさせませんよ。幼い頃から努力を続けてきたのも、全部このときのためなんですから」

熱を帯びた視線は、まるで何かに酔いしれているかのように宙を漂い始めた。

トオヤの言う夢が何を示しているのか気づいて、小夜は顔を強張らせる。

この人は、王位を欲しがっているんだ。
要らないなら寄越せと、そう言っているんだ。

緊張がはしった。

「そんな顔しないでください。大丈夫、あなたよりずっと上手くやってみせますよ。あなたは何も心配することなんてない。ただ私の隣で、万人に愛される笑顔を浮かべて、形ばかりの象徴でいてくださればいいんです」

大したことのないように言って、トオヤは残酷なまでに無邪気な笑顔でこう告げた。

「だから小夜様。あなたが要らないものすべて、あなた自身も含めて私にください」


***



顔を曇らせたまま、ライラは盆を胸の前に提げて廊下を歩いていた。

結局、一人で考えたいと言い残して去ったまま、小夜は夕食の席にも姿を現さなかった。

結婚の件で相当悩んでいるだろうことは明らかだ。
きっと、国と自分の気持ちを天秤にかけているに違いない。

そして小夜の性格を考えれば、どちらに針が傾くのかは簡単に想像できた。

「…小夜様、早まっちゃだめですよ…」

盆に乗せた夕食を睨みつけて、ライラは目的地へ急ぐ。


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