冬花の夢
「──朱里さん?」
ある寒い日の朝のこと。
一向に食堂に下りてこない相棒を心配して、小夜は朱里の部屋の前まで来ていた。
しばらく待っても返事がないので、とりあえずそっと扉を開き中に入る。
「…朱里さん?いますか?」
もしかしたら一人でどこかへ行ったのかも…。
ふいに浮かんだ小夜の不安は、ベッドが目に入った瞬間消え失せた。
「あっ」
ベッド上には毛布に肩までくるまって眠る朱里の姿。
側まで近づいて顔をのぞき込む小夜の気配にも気付かないほど、朱里は熟睡しているらしい。
その口元からは規則正しい寝息が漏れている。
「…朱里さんがお寝坊なんて珍しいです…」
一人呟いて、小夜は朱里の眠るベッドの傍らに膝をついた。
「朱里さん、朝ですよー。おいしい朝ご飯の時間ですよー」
口に手を当て声をかけるが、朱里は無反応。
「疲れていらっしゃるんでしょうか…」
小夜に見られているとも知らぬ朱里の寝顔は、普段よりずっと無防備で幼い。
こう言うときっと朱里さんは怒るだろうなと思いつつも、小夜の頭にはつい"可愛らしい"という単語が浮かんでしまう。
頬にかかった銀色に輝く髪をよけてやりながら、小夜はこれからどうすればいいのか考え込んだ。
(…こんなに気持ちよさそうなのに、無理に起こしてしまうのは可哀相ですよね…)
うーん、と口に手を当てしばしじっと悩む。
そして唐突に、何か思いついたかのごとく立ち上がった。
ちらりと眠る朱里に目をやり、なぜか嬉しそうに顔をほころばせる小夜。
「…これって、すごく素敵な考えですよ…!」
小夜の脳内ではいい考えがまとまったらしいが、はた目には何のことやら意味不明の言動である…。
一人高揚するままに頷くと、小夜はそのまま足音を立てないようなるべく静かに、急ぎ足で部屋を立ち去っていった。
これから何がどうなるのか知りもしない朱里だけが、あどけない寝顔を浮かべて平和な夢の中の住人を続けているばかりだ。