窓の向こうでは大粒の雪が地面に叩きつけられるように降り続いていた。
窓辺に立って小夜は闇に沈んだ外の景色に目を寄せる。
先ほどまで扉の前に立ち尽くしていた朱里の姿も、さすがに今はもうない。
この天候だ。おそらく宿へ戻ったのだろう。
こつん、と窓ガラスに頭を寄せて、小夜は目を伏せる。
ガラス越しにサニがこちらを見ているのに気付いた。
「良かったのかい、追い返しちゃって」
小夜を心配する暖かな声音。
小夜は無言で小さく微笑んでみせる。
「私には何があったのか分からないけどね。さっきあんたを見つけたときのあの子の顔、見たかい?そりゃもう泣き出すんじゃないかってくらいでさ。本気であんたのこと心配してたんだろうね」
返事の代わりに、視線をサニから窓の外に戻す。
「さっきも言ったけど、大切な人との別れは本当に突然なんだ。惜しむ間も何もないんだよ。もしそれが喧嘩別れだとしたら、最後に残る思い出は悲しいものになる。それでいいのかい?」
宥めるような優しい問いかけに、小夜は唇をぎゅっと噛み締めた。
扉を閉める瞬間に見た朱里の顔。
あんな悲しそうな顔をさせたいわけじゃなかった。
「…だけど」
朱里の言葉が脳裏に響く。
“お前なんか城へでもどこへでも帰っちまえ!”
「…朱里さんにあんなこと言われたら、もうどこにも帰るところなんて…」
目頭が熱くなって、慌てて袖で目元を拭った。
サニにこれ以上心配をかけたくない。
「…自分でもどうすればいいか分からないんです…」
きっと自分は意固地になっているだけなのだろう。
むきになって駄々をこねる子どもと一緒だ。
せっかく朱里が迎えに来てくれたのに、それさえ拒否してしまう私は、愚か以外の何者でもない。
「こんな私なんて嫌われて当然です…」
ぽろぽろとこぼれる涙を必死に拭っていると、サニの手が優しく肩をさすってくれた。
「そう簡単にあんたを嫌いになったりするような子には見えなかったけどね。ほら、もう泣くのはおやめ。今夜はゆっくり休めばいいさ」
サニの手は温かい。
小夜は素直にうなずくと、サニに促されるまま寝床につくことにした。
「あら大変!ちょっとお嬢ちゃん」
窓から射し込む朝日にうっすらまぶたを開く。
暖かな寝床でまどろんでいると、突然サニの大きな声が小夜を呼んだ。
今朝はずいぶん冷える。
暖炉にくべられた火を横目に毛布をすっぽり羽織ると、小夜はサニの姿を探して視線をさまよわせた。
サニは外へ続く扉を開けたまま、小夜を手招きしていた。
「ほら、こっちおいで」
サニに促されるまま扉をくぐり外へ視線を向ける。
外の世界は一面、銀世界だった。
小さな庭も、通りも家々も全て白一色に塗りつぶされている。
「うわあ、すごいですね」
チカチカするほど眩しい雪景色に瞬きをしていると、サニが扉の側の家の壁際を指差した。
小夜は素直に視線を転じる。
そこには──
「朱里さん…!?」
家の壁に背を預けるようにして、朱里がうつむいたまま座り込んでいた。
小夜は慌てて駆け寄ると、朱里の側に膝をつく。
「朱里さん、どうして…」
朱里の頭にはうっすらと雪が積もり、濃緑色のコートが見る影もなく白く染まっていた。
小夜が頭の雪を払い落としていると、朱里がゆっくりとまぶたを開いた。
その顔色は痛々しいほどに白い。
「…昨夜からずっとここにいたのですか…?」
小夜の問いかけに、朱里がぎこちない笑みを浮かべた。
「…お前が出てきたとき、入れ違いになったら嫌だからさ」
「だからってこんな、雪が降る中で…。朱里さん寒いの苦手なはずなのに」
先ほどから朱里はずっと肩を小さく震わせている。
それでも殊勝に笑みを保っているのは、小夜を心配させまいとしてのことなのだろう。
こうして朱里が一晩中寒空の中で自分を待っている間、小夜はぬくぬくと温かな寝床で安眠の中にいたわけだ。
小夜が自分の身勝手さを責めていると、朱里の手がゆるゆると小夜の頬に触れてきた。
「ずっと、謝りたかった。昨日はあんなこと言ってごめん…」
頬に触れるのは氷のように冷たい指先。
それさえも細かな震えを刻んでいる。
小夜は応えに窮して無言のまま首を振る。
朱里はそんな小夜を真っ直ぐに見つめると、
「…こんなこと言うのは勝手かもしれない。けど、もう一度…俺のところに帰ってきてほしい」
言って、震える両腕を小夜に向かって伸ばしてきた。
小夜は喉の奥が熱くなるのを感じて唇を噛み締める。
「…私、ここに帰ってきてもいいんですか…?」
「当たり前だろ…」
そう言って穏やかに笑う朱里。
「……っ」
雪の粉が空を舞った。
今度こそ迷うことなく、小夜は朱里の腕の中に飛び込んだ。
「朱里さん、私のほうこそ嫌いなんて言ってごめんなさい…。ほんとは大好きですっ」
「…うん、知ってる」
小夜の細い背中に朱里の腕が回された。
泣きじゃくる小夜に頬を寄せて、朱里はそっと目を閉じた。
「おかえり、小夜…」