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さよならの代わりに
それは、ほんの些細なことがきっかけだった。
「朱里さんなんて嫌いです!」
「俺だってお前なんか大っ嫌いだ!」
珍しく売られた言葉に内心衝撃を受け、思わず同じような言葉を投げ返していた。
「城へでもどこへでも帰っちまえ!」
相棒がくしゃくしゃに顔を歪めて部屋を飛び出していくのを追いかけることもせず、ぷいと扉に背を向ける。
そのときはどうにでもなれという気持ちだった。
苛立つままに室内を意味なく歩き回り、ベッドにうつ伏せに突っ伏す。
じっとしているとさらに腹が立ってきて、枕に顔を埋めた。
一体俺が何したっていうんだ。
悪いのは、あいつのほうじゃないか。
数分前の出来事を脳裏に思い起こしながら、朱里は相棒の消えた扉を睨みつけた。
****
「今日はずいぶん冷えますし、私が情報を見つけてきますね」
意気揚々と部屋を出ていこうとする相棒、小夜の襟元を掴んで、朱里は動きを制止させた。
「待て待て待て。私がってどこ行くつもりだ、お前」
「ええと、酒場とか人の集まるところに…」
おずおずといった風に、小夜が後ろの朱里を振り返る。
“酒場”という単語を聞いて朱里の顔色が変わるのに気づいたのだろう。
小夜が慌てたように付け足した。
「あっでも、今は昼間でまだ明るいですし!それに私もだいぶ一人前になってきましたし!だから朱里さんがいなくても平気です!」
笑って両こぶしを握り締める小夜。
火に油を注いだことには気づきもしない。
小夜の襟を掴んだまま朱里が低い声音で口を開く。
「…平気?一人前?お前のどこがだよ。今だって俺の手から逃げることもできねえじゃねえか」
朱里の言葉どおり、先ほどから小夜は身をねじって何とか自由になろうとしているが、全く朱里の手が外れる気配はない。
「俺がいなくてどこが平気なのか言ってみろよ」
あからさまに苛立った朱里の態度に、小夜は驚いたように目をしばたいた。
「朱里さん、私は…」
「お前に情報なんて手に入るかよ」
決定的な一言だった。
途端に小夜がうつむいて肩を震わせる。
それを見てようやく朱里は自分の軽口に気づいた。
(しまった、言いすぎた)
小夜を捕えていた手を離し、肩を掴んで小夜の顔を覗き込む。
「小夜、わ…」
「――嫌いです…」
小夜の顔が朱里を見上げる。
涙の溜まった目で朱里を見据えて、小夜ははっきり言い放った。
「朱里さんなんて嫌いです!」
****
「はああああああ」
永遠に続くのではないかというほど長いため息の後、朱里は再び枕に顔を埋める。
落ち着いて考えてみれば、自分の失言が始まりなわけだ。
だがそれにしても嫌いは言いすぎじゃないのか。今思い返しても心臓に悪い。
特に普段そういった発言を全くしない小夜に言われると、傷はいっそう深かった。
「はあ…」
二度目のため息をつく。
(あいつも落ち着いたら戻ってくるだろ。それまで放っとこう)
心の傷を癒すように、朱里はベッドの上で体を丸めるとぎゅっと目を閉じた。