「んー…」
目をこすりながらまぶたを開くと、目の前には横になったまま頬杖をついて苦笑を浮かべる朱里の顔があった。
「おそようさん。よく寝たな」
朱里の後ろに見える窓の向こうでは、陽がかなり高い位置まで昇っている。
「あれ?あれっ?ごめんなさい…!寝坊してしまいました!」
「しかも俺のベッドでな」
言われて周囲を見渡せば、確かに就寝前とはいくらか景色が違っていた。
小夜は自分が夜中見た夢の内容を思い出した。
すごく怖い夢だった。それを払拭したくてここまで来たのだ。
思わずじっと見つめていると、朱里が居心地悪そうに眉根を寄せた。
「なんだよ。寝ぼけてんのか?」
慌てて首を振ると、ふいに朱里の手が両頬に伸びてきた。
覗き込むように顔を寄せてくる。
「平気か?」
突然の問いかけに答えに窮していると、朱里の指が目元をこすってきた。
涙の跡が残っていたらしいと気付いて、小夜は慌てて自分の顔をこする。
「はい、平気です」
「あーこら。あんまごしごしこすんなって」
可笑しそうに朱里が笑う。
その顔を見て、ふいに胸の奥が切なくなった。
小夜は言葉を付け加える。
「…朱里さんがいてくれるなら、私はずっと平気です」
ぱちくりと目を瞬かせた後、わずかばかりの笑みを浮かべて「そっか」とだけ応えると、朱里はそのまま顔を離した。
大きく伸びをしながらベッドを下り、窓辺に歩み寄る。
銀色の髪の毛が陽の光を浴びてきらりと光った。
その後ろ姿を眺めていると、朱里が小夜を振り返って笑みを漏らした。
「何呆けた顔してんだよ」
唐突に、満たされた気がした。
大切な人がこうして側にいてくれる時間。それが当たり前ではないことを小夜は夢で知っている。
いつ失うか知れない幸せ。
だからこそ幸せは尊く愛おしい。
「元からこの顔ですっ」
「そういやそうか」
楽しげに笑顔を向けてくれる人。
そうして笑ってくれるだけで私の胸はいっぱいになる。
守っていきたい。
出来るかぎり永遠に。
足の間に投げ出した両手には、今も何もない。
それでも小夜は手のひらをそっと重ね合わせる。
そこには確かに見えない幸せがあるように思えた。
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