それからしばらくして、男はある町に足を踏み入れた。

少し肌寒さを感じさせる、夏も終わりの晩のことだった。


男は長年霞んでいた視界が急に晴れるのを感じた。

10年経っても色あせることのない思い出に、男は再会した。

思い出は、10年前よりずっと美しく可憐に成長した少女の姿をしていた。


* * * *



月が遠く佇む空を仰いでいた男が、小さく何かを口ずさんだ。

声を出したわけではないので、何と言いたかったのかは知れない。

口の動きから、おそらく短い単語だろうと推測できる。

男の横顔がさらに和らいだ。



再会した思い出は現実の形となり、男に目的を示した。

それ以来、男は自分の道を探して各地を巡っている。

不思議なことに、影にまとわりついていた咎の呪いは、男が歩けば歩くほど比例して軽くなっているようだった。



男は朝を迎えたら、ある国を目指すつもりだった。

そこには旧来の友人がいる。

その友人だけは、男がどんな立場であろうと変わらぬ態度で出迎えてくれた。

常に不敵な笑みを湛え、玉座に頬杖をついて深々と腰掛ける友人は、男の親友でもあり悪友でもあるのだ。

「なんだ、まだ生きていたのか。存外しぶとい奴だな」

南国を思わせる褐色の肌に、妖艶とも言える笑みを浮かべて、友人は憎まれ口を叩く。

だが言葉とは反対に、旅に疲れた男へのもてなしは丁重だった。
豪勢な料理に居心地のいい部屋まで用意してくれる。

時には、国の中を友人直々に案内してくれることもあった。


男は今回、その友人の協力を得るため国を訪れるつもりだった。


自分の進むべき道を探すようになってから、男には今まで見えなかったものが急によく見えるようになった。

それは母国の情勢であり、また、潰れかかった隣国マーレンの状況でもある。

特にマーレンについては、気になる噂を耳にしていた。

だがそれを口にするのは憚られる。

第一、果たしてそれが本当なのかどうかさえはっきりしない。

だがもし本当だとすれば、あまり時間は残されていない。今すぐ動きださねば事態の収拾がつかなくなる。



男は空から視線を落とすと、焚き火の側に広げた毛布にくるまって横になった。

あと数刻もすれば、世界はまた光と音に満ち溢れるだろう。

そうなれば時間が再び動き出してしまう。


静かな小夜の闇に包まれて、男は胸に湧き起こるざわめきに息を殺し、まぶたを固く閉ざした。


このまま時が止まってしまえばいいと、叶いもしないことを願いながら。



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