それからしばらくして、男はある町に足を踏み入れた。
少し肌寒さを感じさせる、夏も終わりの晩のことだった。
男は長年霞んでいた視界が急に晴れるのを感じた。
10年経っても色あせることのない思い出に、男は再会した。
思い出は、10年前よりずっと美しく可憐に成長した少女の姿をしていた。
月が遠く佇む空を仰いでいた男が、小さく何かを口ずさんだ。
声を出したわけではないので、何と言いたかったのかは知れない。
口の動きから、おそらく短い単語だろうと推測できる。
男の横顔がさらに和らいだ。
再会した思い出は現実の形となり、男に目的を示した。
それ以来、男は自分の道を探して各地を巡っている。
不思議なことに、影にまとわりついていた咎の呪いは、男が歩けば歩くほど比例して軽くなっているようだった。
男は朝を迎えたら、ある国を目指すつもりだった。
そこには旧来の友人がいる。
その友人だけは、男がどんな立場であろうと変わらぬ態度で出迎えてくれた。
常に不敵な笑みを湛え、玉座に頬杖をついて深々と腰掛ける友人は、男の親友でもあり悪友でもあるのだ。
「なんだ、まだ生きていたのか。存外しぶとい奴だな」
南国を思わせる褐色の肌に、妖艶とも言える笑みを浮かべて、友人は憎まれ口を叩く。
だが言葉とは反対に、旅に疲れた男へのもてなしは丁重だった。
豪勢な料理に居心地のいい部屋まで用意してくれる。
時には、国の中を友人直々に案内してくれることもあった。
男は今回、その友人の協力を得るため国を訪れるつもりだった。
自分の進むべき道を探すようになってから、男には今まで見えなかったものが急によく見えるようになった。
それは母国の情勢であり、また、潰れかかった隣国マーレンの状況でもある。
特にマーレンについては、気になる噂を耳にしていた。
だがそれを口にするのは憚られる。
第一、果たしてそれが本当なのかどうかさえはっきりしない。
だがもし本当だとすれば、あまり時間は残されていない。今すぐ動きださねば事態の収拾がつかなくなる。
男は空から視線を落とすと、焚き火の側に広げた毛布にくるまって横になった。
あと数刻もすれば、世界はまた光と音に満ち溢れるだろう。
そうなれば時間が再び動き出してしまう。
静かな小夜の闇に包まれて、男は胸に湧き起こるざわめきに息を殺し、まぶたを固く閉ざした。
このまま時が止まってしまえばいいと、叶いもしないことを願いながら。