キミが呼べば
小夜と旅を始めて、もう結構な時間経ったと思う。
お互いの嫌いな物もだいたい把握できてるし、無意識にやってる癖や仕草もよく知ってる。
だけど…。
「──なあ、小夜」
俺の声に、窓の外を眺めていた小夜が振り返った。
「どうしました?朱里さん」
俺の名を口にする小夜。
ここだ。
俺が気になってるのはここなんだよ。
ベッドの上で胡坐を掻いたまま、俺は口を開いた。
「いい加減、それやめねぇか?」
「それ?」
きょとんと俺の顔を見つめてくる小夜。
俺は大きく頷いた。
「俺の名前を呼ぶとき”さん“って付けるのだよ。前から気になってたんだよな。もう知り合って結構経つんだし」
「え、でも…」
小夜は俺の言葉に困ったようだった。
きっと考えたこともなかったんだろう。
「だって変じゃねえか。アールのときは呼び捨てなのに、なんで俺のときはさん付けなんだよ」
はっきり言ってしまえば、俺が気にしているのはアールのことだった。
あいつのことだけ呼び捨てなんて、無性に気に食わない。
これじゃ、あいつのほうが小夜に近いみたいじゃないか。
小夜はなおも戸惑うように、首を傾げている。
俺にはそれも気に食わなかった。
小夜のはっきりしない態度に苛立って、体を揺らしていると、小夜が躊躇うように呟いた。
「じゃあ、しゅーちゃん?」
「は?」
「しゅーちゃん!今度からはこう呼ばせていただくのでいかがでしょう!」
小夜にとってその呼び名は妙案だったらしい。
嬉しそうに手を合わせて名を連呼している。
「しゅーちゃん!朱里さんにぴったりな可愛いお名前ですっ」
「待て待て待て待て」
「どうされました?しゅーちゃん」
小夜の脳内でその名が確定されそうになっているのを、俺は慌てて手を振って制した。
「段階すっ飛ばしすぎだろ!なんで呼び捨て越えて愛称で呼ぶ!」
「だって、どうせなら可愛らしいほうが…」
「男の呼び名に可愛らしさを求めるな!俺が言いたかったのは、そういうことじゃねえんだよ」