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まぶたの向こう側に、降り注ぐ光を感じた。

目を開ければ、前に広がるのは無人の、無意味に広い空間。

一人真っ白なベッドの上に座り込んで、小夜は今朝も孤独を実感する、はずだった。

「んがっ」

突然背後で異常な音が響いて、小夜はとっさに振り返る。

だがベッドの上には自分以外誰もいないし、その向こうには白いカーテンの引かれた窓があるだけだ。

首をかしげる小夜の耳にまた、おかしな音が届く。
それはやはり、小夜の背後から聞
こえるようだった。

(もしかして、怪獣さんでもいるのでしょうか…)

恐る恐る小夜はベッドの淵から、窓の設けてある壁との間の床をのぞき込んだ。

「あっ」

小夜の瞳が驚きにまん丸くなる。

小夜の見つめるその先には、ベッドと壁の隙間にはまり込んだまま眠っている父の姿があった。
気持ち良さげにいびきまでかいている。

(昨日の夜のことは、夢ではなかったんですね)

“これからはできるだけお前の側にいるよ”

その言葉を思い出して、無意識に父の寝顔をのぞき込む小夜の口元が緩んだ。


今日はずっと側にいてくれるのだろうか。

一緒にたくさん遊んでくれるのだろうか。

「とうさま」

嬉しさから声をかけても返事はない。

どうやら完璧に熟睡しているらしいと気付いたとき、再び背後で大きな声が響いた。

「国王!」

驚き振り返るが、部屋の中には小夜と父以外誰もいない。
おそらく部屋の外、廊下のどこかで誰かが叫んでいるのだろう。

「国王、一体どちらにいらっしゃるのですか!」

その切羽詰った声音と父の安らかな寝顔を交互に見つつ、小夜は慌てて部屋の扉を開けた。

そっと首だけ外にのぞかせると、案の定廊下には手を口に当てて父の名を呼ぶ老爺の姿があった。

小夜もよく目にする見慣れた老爺で、確か父の側近だったはずだ。

老爺は首だけ出した小夜の姿に気付いたのか、慌てて口をつぐんでこちらに歩いてきた。

「申し訳ございません、姫様。お眠りの邪魔をしてしまいましたか」

小夜の目の高さに合わせて膝をつき、柔らかな笑顔を向ける。

「いえ、あのっ…とうさまをおさがしですか?」

「ええ、早朝から急なお話なんですが、国王がいらっしゃらないとどうにも話が進まない問題でして」

しばし逡巡するように目を左右に揺らした後、小夜はそっと扉を開け放った。

「とうさまは今こちらにいらっしゃいます」

「…おお!ありがとうございます」

駆け寄るように部屋に入っていく老爺の後ろ姿を見つめながら、小夜は少しばかり悲しげに目を細めた。


老爺によって眠りから引き起こされた寝ぼけ眼の父は、老爺の告げた一言二言で、すぐに緊迫した面持ちへ変化した。

幼い小夜にも、何事か大変なことが起こったというのは、すぐに分かる。

父は老爺の後について、半ば駆けるように部屋から出ようとして、視界に小夜の姿を捉えたようだった。

その瞳が小夜と老爺の間で揺れ動く。

「…やはり爺、悪いが今日はこの子と一緒に…」

自分を見つめるその目に、小夜は父がどちらを選んだのか理解した。

“できるだけお前の側にいるよ”

昨夜交わしたあの約束を、父は守ろうとしているのだと。

途端に胸の奥がぎゅうっと締めつけられるような気がした。

なぜか涙が出そうだった。

自分の側にいてくれようとする暖かい思いやりが、小夜には切ないくらい嬉しく感じられた。

だが。


「――とうさま、行ってください」

知らず知らずのうちに、口がそう動いていた。

自分でも驚いたが、父の驚きはそれ以上だったようだ。
自分を見下ろす丸くなった目が、なぜ?と問うている。

「とうさまがいないと、こまる人たちがたくさんいるの、知っています。それに、私は一人でも元気にあそべるから大丈夫です」

それは強がりでもなければ、嘘でもなかった。

父が側にいてくれれば、それはとても幸せなことだろう。

だけど、大丈夫。

自分は今一人になっても、きっと孤独を感じたりはしない。

なぜなら、昨夜自分を抱き締めてくれた温もりをはっきりと覚えているから。

側にいなくても、自分を想っていてくれる人がいると気付いたから。

たとえ一人でいても、心は独りなんかじゃない。


小夜は真っ直ぐに父の顔を見上げた。

「私はここで待っています。とうさまがまた頭をなでてくれるのを、待っています」

ずいぶん久しぶりだが、自分は上手く笑えただろうか。

こちらを見ていた父が小夜を見て、わずかに目を見張ったのが分かった。

その顔がくしゃくしゃに歪んで笑顔を刻む。

あっ、と思ったときにはもう、小夜は父の大きな腕の中にすっぽり収められていた。

「ああ、そうだな。小夜、今日からは毎日一緒に眠ろう。いろんな話をして、いっぱいいっぱい笑おうな」

床に膝をついて小夜を抱き締めながら、父の大きな手の平が小夜の頭をなでる。

小夜は幸せそうに目を閉じて、今度こそこぼれるような笑顔を浮かべたのだった。

「――はいっ」


****



何か懐かしい夢を見た気がして、小夜はうっすらまぶたを開いた。

部屋の中はまだ薄暗い。
夜が明けるまではもう少し時間がありそうだ。

寝返りを打ったすぐ鼻先に、見慣れた少年があどけない寝顔をさらしているのに気付いた。

小夜はふっと微笑む。

そういえば昨夜は、無理を言って一緒に眠らせてもらったのだ。

動揺しつつも、結局は同じベッドに渋々入ってくれる少年が、小夜は好きだった。

寝顔を見られているとも知らない少年に身を寄せつつ、小夜はそっと目を閉じた。

「…あったかいです」

少年の腕の中に潜り込むように、体をすり寄せて呟く。


小夜にはもう、母も父もいない。

だが、昔も今も、決して独りぼっちではないことを、彼女は知っている。


誰かを想い、誰かに想われること。
すべてはそこから繋がっていくのだと。


自分は孤独だと信じていた少女の姿は、少年の側で眠る穏やかな寝顔からは微塵も感じられなかった。



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