*****



「…ずいぶん遅くなっちゃってごめんよ、朱里」

ジライが部屋に戻ってきたのは、すっかり日も暮れた宵闇の頃だった。


「思った以上にフィルムを大量購入しちゃってね…。でもこれでもう撮影が中断することはないから安心して……朱里?」

部屋の中は灯りも点いておらず、真っ暗な状態だった。
朱里はどこかへ行っちゃったのかな、とジライが灯りを点ける。


「……あ、朱里…」

明るくなった部屋の隅っこ、ちょうどベッドと壁との狭い隙間に、朱里は膝を抱えて座り込んでいた。
ジライからは後ろ姿しか見えないが、なぜかその背中は素肌をさらしている。

「…何してるのかな」

ベッドの上から覗き込むジライに朱里が一言。

「…あっち行け」

ずいぶんむくれているようだった。
すぐ側には投げ捨てるように、ピンク色のドレスが脱ぎ散らかされている。

「…そんなパンツ一枚で寒くないの…?せっかく可愛いんだから、ドレス着てればいいのに…」

ベッドの上に正座して心底残念そうに呟くジライに、いきなり朱里が立ち上がって怒った顔を向ける。

「何が可愛いだ!何が特別だよ!こんなの着て外出て、俺ただの変態だっ!ジライのせいですっごい赤っ恥かいた!もうやだっ!!」

力の限り叫ぶ朱里の顔を、構えたカメラで至近距離からパシャリと撮るジライ。

「何こんなときに写真撮ってんだっ!この変態がぁ!」

襲いかかった朱里を華麗に避けて、ジライは床に降り立つ。

「…まぁまぁ、朱里。人生楽しいことから辛いことまでいろいろあるよ。今のうちに苦労しておけば、後々楽に…」

「うっさい!変態の言うことなんか誰が聞くもんか!」

朱里の放った枕を見事顔に受けて、ジライはわずかによろめいた。

「お前なんかにお土産買うんじゃなかった!今すぐ金返せっ!」

「…ちょっと待ってよ。お土産って、何がなんだか…」

言いかけたジライの足に何かが当たる。
見れば、パンが何個も無造作に床に転がっている状態だった。


「…ああ、パンか。ありがとう…」

とことんマイペースなジライは、怒る朱里も尻目にしゃがみ込んでパンを食べ始める。

「うん、なかなか美味しいね…。星四つ」

「食うな!評価すんな!」

パンツ一丁でベッドの上に仁王立ちして、朱里は宿じゅうに響く大声量で叫んだ。

「とにかくっ、今度からお前の言うことなんか絶対ぜえったい信じないからな!!」


*****



数日後。

「…なぁ、最近また朱里の『大人なんか大嫌いだ』病が再発したみてぇなんだが、なんか知らねぇか?」

部屋に朱里がいないのを見計らって、師匠がジライに尋ねた。

「…さあ。何かあったのかな…」

さらりと返すジライ。

師匠は腕を組み、眉間にしわを寄せて考え込む。

「しかも、なんか前よりたち悪くなってる気がすんだよなぁ。一体何があったんだか…」

首をかしげる師匠の側で、見覚えのあるパンを口に運びながらジライが微笑んだ。

「…これは星三つだね…」



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