「危うく忘れるところだったよ」

へらりと笑う。

何とも領主らしくない領主様だ。
こんなことで一つの街を治めていけるのだろうか。
他人事ながら妙に心配になる。

ヘンネルは照れ笑いを浮かべたまま、居住まいを正した。
服では隠しきれない肉が腹の上でたぷんと揺れる。

「君たちにここまで来てもらったのは、頼みがあるからなんだ。君たちは来たばかりで分からないかもしれないが、今この街はかなり揺れていてね」

“揺れる”という言葉に、無意識のうちにヘンネルの腹に視線を向けていた。

「どういうことだ?」

「君たちは、レジスタンスという言葉を聞いたことがあるかい?」

朱里が頷く前に、隣の小夜が口を開いていた。

「政府への対抗運動ですか。酷いときには革命にまで発展する…」

小夜の横顔がわずかに陰りを帯びる。

「そのとおりだよ。今この街では、それとまったく同じことが起きようとしているんだ」

ヘンネルの言葉に、朱里は見開いた目を彼に向けた。

「革命が…?」

隣で小夜が息を呑むのが分かった。

ヘンネルは首を横に振りながら、

「いや、まだはっきりとした形にはなってないんだ」

曖昧な答えを寄越す。

「革命的な考えを持った集団がいて、少しずつその規模が拡大しているらしい」

「らしい?革命を起こされようとしているのはあんただろ。なんで伝聞口調なんだよ」

非難めいた朱里の言葉に、ヘンネルの背がわずかに丸くなる。

「情けないことに、私はつい最近までそのことを全く知らずにいたんだよ。この街は変わらず平和だと思い込んでいたんだ。だけどあることがきっかけで、一つの集団の存在を知った」

「あること?」

聞き返したのは小夜だ。
小夜は身を乗り出すようにして、ヘンネルの言葉の続きを待っていた。

「ちょうど街に出ていたときのことだ。私用だったから、護衛もほとんどつけていなかったんだが、ある少年が私の元に駆け寄ってきたんだ。まだ年端もいかない小柄な子でね。その少年が必死な顔をして言うんだ。『領主様、こんなところにいちゃ危ないよ。早くお城に戻って』──初めは、子どもの遊びか何かだと思ったよ。だから膝をついて笑って答えたんだ。『大丈夫。この街に危ないところはないよ。君たちが楽しく過ごせるよう、私たちが頑張っているからね』」

朱里も小夜も相槌を打つこともせず、黙ってヘンネルの言葉に聞き入っていた。

ヘンネルが続けた。

「そうしたら、少年が大きくかぶりを振って、私の腕に抱きついてきたんだ。そのときようやく気付いたよ。腕に焼けるような痛みが走って、地面にナイフが落ちたんだ。護衛が走り出すより早く少年は逃げ出して、結局雑踏に紛れて分からなくなった」

いつの間にかヘンネルは右の二の腕をさすっていた。
見た目には分からないが、服の下には包帯が巻かれているに違いない。

「怪我を…?」

心配そうに尋ねる小夜に、ヘンネルが笑って首を横に振る。

「大したことはないよ。ほんのかすり傷だからね。それよりも、あの子に言われた一言のほうがよほど堪えたよ。私の元から走り去る直前、その子が言ったんだ。『役立たずな領主なんか死んじゃえばいいんだ』ってね。あれはきつかったな」

顔では笑っているが、きっと内心はそれどころではないだろう。

この領主のことだ。
おそらく怪我を負わされた怒りよりも、悲しみや絶望のほうが大きかったに違いない。

負傷した腕に添えられた手は、心の痛みに耐えているようにも見えた。


その出来事をきっかけに、ヘンネルは街の様子を改めて調べてみることにしたらしい。
そこで浮上してきたのが、ある集団の存在だった。


prev home next

6/52




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -