若い男の案内で通されたのは、こぢんまりとした書斎らしき部屋だった。

天井まで届きそうな本棚に囲まれた部屋の中央、木製のテーブルの傍らには恰幅のいい初老の男が腰掛けていた。

「ああ。君たちが」

穏やかな顔つきをした初老の男は、朱里と小夜の姿を目に入れると目元を綻ばせた。

「さあ、そこに座っておくれ」

手で自分の向かいのソファを指し示す。

朱里は躊躇うように小夜と顔を見合わせた。
そして初老の男に尋ねる。

「あんたは?」

初老の男の代わりに、朱里の後ろに立っていた若い男が口を開いた。

「領主様に決まってんだろ」

そんなことも知らずにここまで来たのかよ。

若い男が鼻で笑ってささやくと、初老の男がたしなめるように手を振った。

「いいんだよ。詳しい話はこれからするつもりなんだから。わざわざ案内ご苦労だったね」

初老の男の労いに軽く頭を下げると、若い男は一瞬朱里と視線を交わし、そのまま部屋を出ていった。

残された朱里と小夜は入口に立ち尽くしたまま、初老の男の顔をまじまじと見つめる。


「…領主?」

朱里の呟きに男が静かに頷いた。

「自己紹介をしたいところだけど、このまま私だけ楽しているのは気が引けるからね。まずは君たちも座って寛ぐといい」

気が乗らないながらも、朱里は渋々男の向かいのソファに腰掛けた。
小夜が慌てて隣に座る。

初老の男はそれを穏やかに眺めていた。

「それじゃあ改めて、自己紹介させてもらおうかな」

場が落ち着いたところで、初老の男は組んでいた両手を開いて、口火を切った。

「さっきの彼が言っていたように、私がこの町を治める領主だ。名をヘンネルと言う」

そう言って領主は微笑んだ。

笑うと真ん丸い顔の目じりに皺が浮かぶ。それがさらに彼の印象を優しげなものに見せた。

「君たちにはすまないことをしたね。説明もなしにこんなところまで来させてしまって」

「いや…」

朱里は軽く首を振る。

「それより、二人はどこにいるんだ」

「二人?」

「師匠とジライだよ」

「ああ」

急にヘンネルの眉尻が申し訳なさげに下げられた。

「あの二人には急ぎの用を頼んでしまってね。話は私から直にさせてもらうことにしたんだよ。すまないね」

どうもこの領主は、すぐ謝るのが癖らしい。

立場や威厳などという形にはこだわらない性格なのだろう。

「差し支えなければ君たちの名前も聞かせてくれないかな。二人の弟子だとは聞いているんだけどね」

“弟子”という単語に朱里は思わず苦笑した。
完全に自立した今となっては、どこかこそばゆい響きだ。

朱里は自分と小夜の名を告げ、師匠たちと同じくトレジャーハンターをしていることを明かした。

もちろん、小夜の出自については伏せておく。


「なるほど。世界中を渡り歩いているんだね。色んな街を見てきたわけだ」

ヘンネルは感心したように何度か頷くと、改めて朱里と小夜を正面から見据えた。

「君たちなら色々な面で助力してもらえそうだ」

ヘンネルの言葉の意味が掴めず、朱里と小夜は押し黙る。

すると慌てたようにヘンネルが続けた。

「おっと、すまない。説明もしないうちから勝手に結論を出すところだった。私はどうも気忙しいところがあってね。周りからよく注意されるんだが、これがなかなか…」

明らかに脱線しようとしている話の筋を正すため、朱里は仕方なく口を開く。

「俺たちに何してほしいんだよ」

途中で口を挟まれたことに気分を害することもなく、ヘンネルは「そうだったそうだった」と手を合わせた。


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