汚れのない白い外壁を見上げた瞬間、朱里は不思議な感覚を覚えた。

デジャヴ(既視感)というのだろうか。
どこかでこれとよく似た場所を見たことがある。


小夜と並んで、朱里は城の入口前に佇んでいた。

師匠が門兵に話をつけてくれていたらしく、すんなりと敷地内には入れたが、城内に入る大扉の前で結局足を止めることになった。

迎えに出てくるはずの師匠たちが、一向に姿を現さないからだ。

そこで、暇を持て余して何気なく見上げた城の景観に、朱里は見入っていたのだった。


どこで見たんだったろう。

城なんて大仰な場所に足を踏み入れることなど、滅多にないはずなのに。

不思議に思いながら、考えることを放棄して隣に立つ小夜に視線を向ける。

すると小夜も朱里と同じように城を見上げていた。

今まで見たこともない顔で、じっと上を凝視している。

「小夜?」

呼ぶとこちらを向きはしたが、別の場所に意識が囚われているのか反応が緩い。

もしかしたら小夜も朱里と同じように、この城に何か覚えがあるのだろうか。

訊いてみようかとも思ったが、嫌な予感がしてすぐにやめた。

いつの間にか小夜はまた城を見上げていた。

悲しそうなのにどこか懐かしんでもいるような、うまく言葉にできない横顔が朱里の印象に強く残った。




結局城の大扉が開いたのは、南の空に太陽がかなり近づいた頃だった。

重そうな音を響かせて開いた扉の奥で待っていたのは、師匠でもジライでもなかった。

短い黒髪にやたら目つきの鋭い若い男だ。

師匠ほどではないにしても、ほどよく筋肉のついた腕に、見覚えのある赤い布を巻いている。
初めて見る顔だった。


男は朱里を見た後、隣に並ぶ小夜をちらりと一瞥し、

「こっち」

親指を立てた手で奥を指し示す。

「師匠たちは?」

朱里の問いには答えず、男は背を向けると歩き出した。

朱里たちが立ち尽くしていると、わずかに歩みを止めて後ろを振り返る。

付いてこいということなのだろう。

「…行くか」

小夜に頷いてみせると、朱里は城内に足を踏み入れた。



硬質な床に三人分の足音が響く。

入ってすぐのホールを真っ直ぐ進み、階段を上る。


師匠とジライはどうしたのだろう。
約束では、二人が出迎えるはずではなかったか。

朱里は前を行く男の背中をうかがい見た。


「なあ」

男が横顔だけこちらに向ける。

「あんたも師匠たちと一緒に、ここで活動してるのか?」

「活動…?」

「師匠が言ってたんだ。その赤い布つけてるのは皆、同じ活動してるんだろ」

朱里の言葉に、それまで無表情だった男の顔がわずかに歪んだ。笑ったのだ。

「俺は師匠なんて奴は知らないけど、活動っていうのとは違うと思うぜ。俺たちは雇われてるのさ」

何も知らない朱里をあざ笑うように、男は冷めた目を後ろに向ける。

そのとき、朱里の後ろを歩く小夜に男の視線が移った。

「…それにしても」

小夜を横目で見据えたまま男が呟く。

「まさか女が来るなんてな」

口元が小さな笑みを形作る。

朱里は無意識のうちに、男の視線から小夜を隠すように自身を楯にしていた。

それに気付いた男が嘲笑する。

「ばーか、そういう意味じゃねえよ」

男は顔を前に戻すと、それ以降無言のまま歩き続ける。

朱里は早くもここに来たことを後悔した。
やっぱり俺たち、また騙されたんじゃないだろうか。



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