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終 章
終わりは突然に
「朱里さーん!」
伸びをしながら食堂に入ると、奥のテーブルに座ってこちらに手を振る小夜の姿が見えた。
ちょっと前にも同じ光景を見た気がするが、今朝はずいぶんと空席が目立つ。
不思議に思いながら、朱里は小夜の待つ円卓に腰を下ろした。
「おはようございますっ」
にっこり笑って挨拶をする小夜はいつもどおり元気に、卓上に置かれたパンのバスケットを朱里に差し出してきた。
「今朝のメニューは、お城のシェフ自慢のふわふわスクランブルエッグみたいですよ。私いただいてきますねっ」
弾むように席を立つ小夜の様子に、思わず朱里は苦笑した。
まるで昨夜起きた事件が遠い昔のように思えるほど平和な朝の風景だ。
爽やかな朝日が差し込む食堂に、見慣れた二人組が現れたのは、ゆったりと食後のデザートを楽しんでいるときだった。
「よお」と軽く手を挙げて、空いた席に師匠が腰を下ろす。
ジライも相変わらずのうすら笑いを貼りつけたまま、その隣に静かに座った。
「おはほうほはいまふっ」
ちょうど口いっぱいにケーキを頬張っていた小夜が懸命に挨拶をするが、もはや言葉にもなっていない。
無言で小夜の前にコップを差し出して、朱里は師匠に顔を戻した。
「師匠たち、昨夜はどこ行ってたんだよ。姿が見えなかったけど」
「あー、ちょっと野暮用があってな。俺たちもいろいろと忙しいんだよ」
言葉を濁す師匠に首を傾げていると、ジライがぽつりと呟いた。
「…朱里だって、小夜ちゃんの部屋にずっといたんでしょ…」
ずずっと茶をすするジライ。
途端に朱里の頬が見て分かるほど赤く染まる。
「お前、まさか盗み見て…!」
「…見てはないけど。でもその様子じゃ何かあったみたいだね…。朱里のえっち…」
ニヤリと笑うジライの隣で、師匠ががははと声を立てて笑う。
「見事に釣られちまったな、朱里」
「う、うっせえ!」
赤い顔のまま師匠とジライを交互に睨みつけて、朱里は手元のカップの中身を一気に飲み干した。
毎度のことながら、この二人の前だととてつもなく調子が狂う。
「それはそうと」
いつの間に注文したのか、朝食の付け合わせのサラダを豪快に咀嚼しながら、師匠が口を開いた。
「今日でここの護衛団も解散だってよ。まあ当のレジスタンスのリーダーが捕まったんだ、警戒する理由もなくなったんだろうけどな」
そう言われれば、師匠やジライの腕に巻かれていた護衛団の証である赤い布が、今はない。
食堂が昨日と打って変わって閑散としているのもそのせいだったのか。
納得がいって、朱里は周囲をぐるりと見渡した。
本当に終わったんだな。
レジスタンスを率いていた惟人は今、牢の中で何を考えているんだろう。
牢の床に胡座をかいて座ったまま、意地でも動こうとしない旧友の姿を思い出して朱里は思わず苦笑いを漏らした。
また後で様子を見に行ってみるか。
ぼんやりそんなことを考える。
「それでな、この城を出る前にヘンネルが職務室まで来てほしいとさ。最後に挨拶でもしときたいんだろう」
「分かった。食べ終わったら寄るよ」
皿の上に残っていたシフォンケーキを口に放り込む。
ヘンネルといえば、昨日はひどく気落ちしているようだった。
惟人たちに革命を起こさせる要因となった自分を、ずいぶん責めていたように思える。
昨夜、自室に戻っていくその後ろ姿は力なくうなだれていた。
ちらりと小夜を窺い見ると、彼女もヘンネルのことを考えているのだろう、表情を曇らせて手元のカップに視線を落としていた。
早々に食事を終えて席を立つ師匠たちと軽く言葉を交わして、朱里も立ち上がる。
「さて、俺たちも行くか」