気持ちが幾分軽くなった気がした。

「そういやお前、今日は大手柄だったな」

褒めるように頭を軽く叩くと、くすぐったそうに小夜が肩をすくめた。

「何かご褒美買ってやらないとな」

「それなら私、ほしいものがあるんですっ」

物欲のほとんどない小夜にしては珍しい。

街を回っていたときに、何か美味そうな菓子でも見つけてたのかな、なんて考えていると、急に小夜がその両手を朱里に伸ばしてきた。


「ん?」

「ん!」

必死に朱里を見上げて手を伸ばしてくる小夜。

「なんだよ。今は俺何も持ってないぞ」

「そうじゃなくて、私がほしいのは──」


言葉の代わりに、小夜自身が突然朱里の胸に飛び込んできた。

細い腕を朱里の背中に回してしがみつくと、小夜はぽつりと一言呟いた。


「朱里さんなんです」


突然のことに固まる朱里。

今日の小夜は俺の予想を見事に飛び越えてくるな。
動揺する頭でそんなことを考えていると、小夜が朱里の胸に埋めた顔をもぞもぞとこちらに向けた。

「これが一番のご褒美です」

嬉しそうに満面の笑みを浮かべる小夜。

「そりゃ安くついていいな」

軽口をついて自分の頬の熱を誤魔化す朱里に、小夜が素直に「はいっ」と返事をした。

その小さな温もりを抱いて、朱里は小夜の存在を確かめるように目を閉じる。

ふと、何十年先もこうして二人でいる光景が瞼の裏に浮かんだ。

その未来が確証のない願望でしかないことには気づかないふりをして、朱里は夢を見続けた。





朱里が去った後の暗く静まり返った部屋の中、小夜は朱里の消えた扉を見つめ一人佇んでいた。

月の明かりも届かない影に染められたその顔は、どんな表情を浮かべているのかはっきりしない。

室内に満ちた沈黙を破って、小夜の唇がわずかに動いた。


「私はこのまま本当に、お側にいてもいいんでしょうか…」


消え入りそうなその問いに答えをくれる者は誰もいない。




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