「はいはい、分かったよ」
頭を掻いて師匠が苦笑を浮かべる。
「ちょうど時間の余ってるお前らに、いい話があるんだよ。これも関係してるんだけどな」
言って腕に巻いた赤い布をかざしてきた。
「おかしな団体に俺たちまで勧誘するつもりかよ」
おもむろに警戒する朱里に、師匠は「違う違う」と笑って手を振る。
「お前の想像してるようなところじゃない。一応、公の組織だしな。そこは心配しなくていい」
じゃあどこを心配すればいいのか。
朱里が疑心暗鬼に囚われるのも無理はない。
以前師匠によってまったく同じ台詞で切り出された「いい話」に乗った結果、朱里たちは散々な目に遭ったのだ。
今となってはいい思い出だが、当初は師匠を相当恨んだ。
今回もまた上手いこと言って、俺たちを利用する気じゃないだろうな。
睨み付ける勢いで、朱里は師匠の思惑を探ろうとその顔を凝視する。
すると師匠が可笑しそうに歯を見せた。
「なんて顔してんだ。俺を信用しろよ。間違ってもお前らに損はさせないから」
果たして損得の問題なのか。
朱里がなおも訝るように黙っていると、小夜が隣から顔を出した。
「師匠さん、どんなところなんですか?楽しいところなんでしょうか?」
朱里とは対照的にその顔は興味津々だ。
半ば乗り出すようにして師匠の顔を見上げている。
「そうだなあ。楽しいっていえば楽しいかもしれないな。なかなか活動的なところだよ。なあ?ジライ」
今までただ一人珍しく沈黙を守っていたジライが、師匠の呼びかけにようやく口を開く。
「…そうだね。僕はあんまり好きじゃないけど…」
返されたジライの応えは、師匠の言葉の信憑性を助力するものではなかった。
わずかな空白の後、師匠が満面の笑みで小夜を振り返った。
「ほらな。楽しいところだから、きっと小夜ちゃんも気に入るよ」
「は、はいっ」
誤魔化すように小夜の頭をぐしゃぐしゃと撫でる師匠。
朱里はため息すら出ない。
「…で?活動の内容は?」
その問いに、師匠が思い出したように朱里を見た。
師匠の手から解放された小夜の髪は言うまでもなく乱れきっている。
それを整えてやりながら、朱里は師匠の言葉を待つ。
「ああ、活動内容だな。それは…」
言いかけて師匠の口がぴたりと止まった。
「…いや、やっぱりまだ止めとこう。時間も時間だし、これから連れてくには遅いしな」
一人でぼそぼそ何事か呟いていると思ったら、急に朱里と小夜の肩に手を乗せる。
「悪いが話はまた明日。明日の朝一番にあそこに来てくれ。詳細はそこで話す」
「あそこ?」
師匠の視線の先を追って、朱里と小夜は後ろを振り返る。
真っ直ぐに伸びた大通りの先。
そこにはこの町の領主が暮らす城が、黄昏に染まって佇んでいた。
そういうわけで、朱里と小夜は城を目指してひた走っている。
当然、師匠の話に快く乗ったわけではない。
むしろ朱里はこの誘いを蹴るつもりだった。
だが、師匠たちが急ぐように去っていった後。
「どんなことをするんでしょう。明日が楽しみですねっ」
小夜が両拳を握り締め、目を輝かせて朱里を見上げてきたものだから、
「ああ、そうだな」
思わずそう答えてしまったのだ。
師匠と交わした約束は早朝、太陽が昇るか昇らないかの頃。
だが空を見上げれば、南寄りの空に煌々と太陽が輝いている。
完全に遅刻だ。
「急ぐぞ!」
後ろで小夜が頷くのを確認すると、朱里は前方にそびえる城に向けて一気に加速した。