「それでかばってるつもりかよ」

はっと嘲りを浮かべるイワンに、小夜は即答した。

「ええ。この街のためにも、この国のためにも、この方を失うわけにはいきませんから」

イワンのまぶたが一瞬ぴくりと動く。

「どうしてあんたがそこまで国のことを気にする必要が…」

言いかけて、何か思い当たることがあったのか、その瞳がわずかに開かれた。

急にイワンはおかしそうに笑い出した。

「そうか。やっと納得がいった。どこかで見た覚えがあると思ったら」

言って、その赤い瞳が小夜を捉えて細められる。

「あんたが国を捨てた亡国の王女か」

小夜の肩がわずかに揺れた。

後ろに立つヘンネルがその小さな肩に手を置く。

「君が用があるのは私だろう。この方は関係ない」

そのまま小夜を押しのけるように前に出ようとするが、小夜の体はそこからまったく動かない。

驚いて見下ろした小夜の顔は、いまだ毅然とイワンに向けられていた。
その目には一切の曇りもない。

「あなたの言うとおり、私にはもう王女の資格はないのかもしれません。それでも、私にとってこの国は大切な宝物です。だから、それを壊そうとする人を許すことはできない」

強い口調で言い放って、小夜はイワンを正面から睨みつける。

対するイワンからは、いつの間にか笑みが消えていた。

無表情のままイワンが再びナイフを構える。

「国を捨てた分際で」

吐き捨てたときだった。


「小夜ちゃんの言うとおりだな」


大広間に突如、野太い声が響いた。


声の出所を探して首を巡らせるイワンの視線が、玉座の奥に留まった。

廊下に続く扉とは対面した壁面の扉前に、いつの間にか男が二人立っている。

「師匠さん、ジライさん」

小夜が驚いた様子で男たちの名前を呼んだ。


イワンは瞬時に背後を振り返った。

女一人だけならまだしも、さすがに大の男二人を相手にするには骨が折れる。

一瞬の間にそう判断して駆け出す。

仕方ない。
絶好のタイミングだったが、またいくらでもチャンスはあるだろう。

軽く舌打ちして廊下に続く扉に視線を向けた途端、彼はぴたりとその動きを止めた。


「どこに行くつもりだよ」

前方から声がかけられる。


「…なんだ、お前ら」

苦々しげに呟くその目線の先には、立ちふさがるように扉に寄りかかってこちらを向いた朱里の姿があった。
隣には手を後ろで縛られたままの惟人までいる。

「牢に行ったんじゃなかったのか」

苦し紛れに言うイワンに、事もなげに朱里が返す。

「すぐ戻ってくるよう言われたからな。そいつに」

朱里が指差すほうを顧みれば、依然ヘンネルの前にたたずむ小夜の姿があった。

「お前が?どうして」

小夜はイワンに強い視線を向けたまま答える。

「おかしいと思ったんです。先ほどの惟人さんのお話を聞いたあなたが、慈善団体という言葉を口にしたときから」

あのときイワンは言った。
“慈善団体とは名ばかりだな”と。

それを耳にした瞬間、小夜の中に大きな違和感が生まれた。

「どうしてあなたは、悪質な取引をしているのが慈善団体だと分かったんですか」

「そんなの、あんたらがそう話してたのを聞いたんだろ」

「いいえ、誰も言っていません。私と朱里さんはあそこがそういう団体なのだと知りもしませんでした。慈善団体という言葉を出したのは、あなたが初めてです」

そのとき初めて、イワンに沈黙がおりた。

小夜の言葉の正しさを証明するにはそれで十分だった。

イワンの周囲にその場の全員が集まってくる。

「…ゲームオーバーだね…」

ジライがぽつりと呟いた。

歯噛みして床を睨みつけていたイワンが、ふいに笑みを覗かせた。

「いや、まだだね」

その手に握られたままのナイフが、瞬時に顔の前で構えられた。

「こいつを殺せばこっちの勝ちだ」

ギラリと殺意の宿った瞳を前に立つ小夜とヘンネルに向けると同時に、その右手が大きく弧を描いた。


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