我に返ったときには、見覚えのある小さな小屋の中に転がり込んでいた。
全身ずぶ濡れになった体を床に仰向けにして肩で息をする。
だんだん呼吸が落ち着いてくると、真っ白だった頭の中にも少しずつ思考が戻ってくるのが分かった。
平静さを取り戻した頭に浮かぶのはただ一つの事実だった。
逃げてきてしまった。
彼を置き去りにして、自分一人で。
惟人は倒れ込んだまま天井を見つめる。
天井の梁を伝ってどこかから漏水した雨粒が、惟人のすぐ耳元に落ちてポタンと小さな音を立てた。
家主のいない部屋の中、惟人は仰向けに倒れたまま両手で顔を覆う。
まただ。
また僕は人を不幸にしたんだ。
ぎゅっと固く瞑ったまぶたの裏で、湖面に浮かんだ少女が責めるような視線を投げかけてくる。
惟人の罪は消えるどころか、その重さを増しただけだった。
結局、翌日も一週間後も一か月後も、少年が戻ってくることはなかった。
いつの間にか月日は経ち、惟人は17の歳を迎えた。
同年代よりも小柄で華奢だった体は大きく育ち、大人にも引けを取らない体つきになっていた。
そしてその二の腕には鷹の紋章が刻まれていた。
数年の間に惟人はこの街の闇を知った。
例の館を中心として、子どもをターゲットにした悪質な裏取引が横行し、それを取り締まるはずの領主も何の動きも見せていない。
街全体で黙認しているのだと分かって、惟人はぞっとした。
それと同時に、ある種の使命感のようなものが彼の中に芽生えた。
幼い子どもたちと、名前も知らない少年の無念を晴らすためだと言えば聞こえはいいだろう。
だが実際は、自分の罪滅ぼしのために惟人はレジスタンスを率いた。
この街を牛耳る領主さえ叩けば、すべては変わる。
惟人たちレジスタンスによって救われる子どもがいる。
そうすれば自分の罪をあがなうことができる。
この記憶に巣食う少女の存在を消すことができる。
その思いで惟人はこれまでずっと脇目もふらず駆けてきた。
仲間たちが自分の元から去っていっても、昔のように一人きりになっても止まらずに前進できた。
すべては、自分の罪をなかったことにするために。
「──結局うまくはいかなかったけどな」
自らをあざ笑うように乾いた笑いを漏らして、惟人は床に胡坐をかいて座り込んだ。
視線は力なく下に落とされる。
側に立つ朱里にはかける言葉が見つからない。
まさか自分が去った後にそんなことが起こっていたなんて。
以前惟人が言っていたとおりだ。
俺がのうのうと宝を探し、小夜と出会って旅をしている間に、惟人は一人血を吐くような思いをしてきたのだ。
大変だったんだな、なんて軽口はとても吐けない。
隣に立つ小夜も唇を強く引き結び、泣きそうな顔で、うな垂れた惟人を見つめていた。
感情の読めないイワンは「慈善団体とは名ばかりだな」と呟いたきり黙り込む。
誰もが言葉に窮して沈黙がおりたとき、領主ヘンネルが静かにその口を開いた。
「申し訳ない。私の力量が足りないばかりに」
ゆっくりとその体を起こすと、玉座から下りて惟人の元に歩み寄り、膝をついて腰を落とす。
制止しようとするイワンに小さく首を振ると、ヘンネルは再び惟人に顔を戻した。
「君たち若者に無理をさせてしまってすまない」
そう言って頭を下げるヘンネルを前に、惟人は生気のない顔を上げる。
「別に、もういい」
すべての興味を失ったかのような返事に、ヘンネルはかぶりを振った。
「違う、そうじゃないんだ。さっき君が言ったように、私にもあの団体のしていることは分かっていた。だが決して黙認していたわけじゃないんだよ」
ヘンネルの言葉の意味を探るように、惟人がじっとその口元を見つめる。
「彼らの行為を止めるためには証拠が必要だったんだ。ずっと何年もかけて私は彼らが油断して尻尾を出すのを待っていた。受身だと言われても仕方ないが、これしか私には方法がなかった。時間がかかっている間に多くの犠牲も出てしまっただろう。そして君たちにも多大な影響を与えてしまった」
一息に言ったあと、ヘンネルは苦しげに顔を歪める。
「本当に罪深いのは、すべてを知っているのに待つことしかできなかった私なんだ」
すまない、ともう一度呟いてヘンネルは両手を床について頭を下げる。
惟人は唖然とそれを見ていた。
「なんだよそれ…。それじゃあ俺がレジスタンスを作った意味は…」
それ以上の言葉は続かなかった。
強制的にその腕を引いて、イワンが惟人を立ち上がらせたからだ。