妹という単語に惟人は思わず眉を歪めた。
惟人にとっても似た存在はいた。

妹を失ったという点では惟人と少年はよく似ていたが、その原因が自身にあるという点では決定的に違う境遇だった。

少年は被害者であり、惟人は加害者だ。
似ても似つかない。


惟人が言葉を返さないのを不安に思ったのか、少年は再び自ら話し始める。

「あそこの屋敷は絶対おかしい。俺いつも見張ってるんだけど、子どもがたくさんあの中に入っていくのを見る」

話を強調するように、少年が人差し指を立ててみせた。

まるでハーメルンの笛吹きのようだなと惟人はぼんやり思う。

そういえばあの物語で子どもたちは最後どこへたどり着くんだったっけ。
ハッピーエンドだったのかどうかさえ思い出せない。

惟人の思考があらぬ方向をさまよい始めたとき、少年がタイミングよく話を切り出した。

「お前、俺と一緒にあそこに忍び込んでみない?」

「えっ?」

素っ頓狂な声を上げて、思わず少年の顔を見返す。

少年はじっと惟人の表情を窺っているようだった。

返事を待っているのだと気づいて、惟人はとっさに「うん」と答えていた。




決行は人が寝静まった夜中となった。

その日は結構な雨が降っていて、足音も雨音がかき消してくれる。
二人にとっては幸運の雨だった。


屋敷の正面には見張りの大人が常時巡回しているため、警備薄の裏手の窓を割って入ることにした。

多少音は響いたが、それも雨音がすべて飲み込んでくれたらしく、警備が気づく気配はなかった。

二人は容易にするりと暗い室内に足を踏み入れた。


「…応接間かな」

少年がひそひそ声で囁く。

言われてみれば、中央に大きな机と椅子、客用のソファが配置されていた。
壁には絵画の類が飾られているが、惟人には審美眼などないためその価値の程度は分からない。
床に敷かれた絨毯がふかふかだなと思ったくらいだ。

とりあえず、この部屋に何もないことは明白だ。

二人は顔を見合わせて頷き合うと、部屋に一つだけある扉のノブに手をかけた。

少年がそれを慎重に回してゆっくり扉を開く。


そこにも暗い闇がのぞいているようだ。
と思ったら、黒い影が扉のすぐ前に立っていた。


あっと思ったときには、少年の腕は黒い影に掴まれて羽交い絞めにされていた。

「離せよ!」

少年が身をひねって暴れるが、影はびくともしない。
それどころか少年の声を聞きつけた警備の者たちが、影の背後に集まり始めていた。

どうしよう。

惟人の足は床に縫いつけられたように動かない。

僕はどうすればいい。
どうすればここを切り抜けられる?

混乱した頭の中であらゆる考えが巡るが、そのどれもが上手くいくとは思えない。

このままでは二人とも捕まってしまう。
どうしよう。

体の横で握りしめた拳がじっとりと汗をかいていた。


今や少年は集まった警備の大人たちに捕らえられ、床にねじ伏せられた状態だった。

手の空いた黒い影が一歩、一歩と惟人に詰め寄ってくる。

どうすれば。

大きな手が眼前まで伸ばされた、そのとき。



「──逃げろ!」

少年の出した声に、固まっていた惟人の体がふっと自由になった。

「早く逃げろ!」

少年の必死な叫びに背を押されるまま、惟人は気づけば今来た窓を飛び越えるようにして外に駆け出していた。

後ろを振り返ることもせず、そのまま雨に濡れた石畳をひた走る。

雨粒が目に入って視界が歪んでも、濡れた地面に足を取られて転びかけても、惟人は走り続けた。



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