朱里は誰にも聞こえないほど小さな息を吐いて、影たちを見返した。
「あんたらこそわざわざ気配消して近づいてくる必要ないだろ。普通に声かけろよ」
「それじゃあ面白くない」
即答したのは大きな影のほうだ。
口元に愉快そうな笑みを湛えて、影は両腕を大きく横に開いてみせた。
まるで余興を始めるピエロのように。
「久しぶりの再会なんだ。弟子の腕が鈍ってないか、ちゃんと確かめるのが俺の役目だろ」
「どうだか」
そっけなく答える朱里に、大きな影は肩を揺らして威勢よく笑う。
「ほんと相変わらずな奴だな」
「師匠たちもな」
嫌味を込めて返したつもりだったが、朱里の隣で小夜が「本当にお元気そうで何よりです」と続けたため、その効力は半減した。
師匠と呼ばれた図体の大きい男が尋ねる。
「お前らは?この町で仕事か?」
「いや、宿を探してるところだ。師匠たちこそ何してるんだよ」
朱里の発した問いに、師匠は隣に佇む相棒ジライと顔を見合わせる。
そしてなぜかにやりと笑った。
「これを見ろ」
そう言って師匠が前に掲げてみせたのは、自分の腕。
相変わらず筋肉質でたくましい。
間違っても自分の腕とは並べたくない代物だ。
朱里は無意識のうちに両腕を背に回していた。
「腕がどうかしたのかよ」
言いつつ、ちらりと横目で隣の小夜を盗み見る。
小夜は不思議そうに師匠の腕を見つめていた。
といっても、腕自体に興味を示している風ではない。
朱里は安堵して師匠の腕に注目する。
改めて見ると、師匠の手首には見慣れない赤い布が巻かれていた。
それ以外に変わったところはない。
おそらく師匠はこの布のことを言っているのだろう。
「その赤い布がどうかしたのか?」
尋ねると、師匠が満足そうに「まあな」と答えた。
見るとジライもまったく同じ布を手首に巻きつけていた。
「まさか師匠もジライも、変な団体にでも入団したとか?」
からかい半分で言ったにも関わらず、師匠は神妙な顔で考え込むように顎に手を当てた。
「…当たらずとも遠からずってところだな。確かに今はあるところに属してるわけだし」
「え、本気で?」
思わず師匠の顔と赤い布を交互に見つめる。
視界の隅ではジライが、怪しげな笑みを口元に浮かべていた。
「一体どういう団体なんだよ」
怖々といった風に朱里は尋ねる。
ジライだけを見ていれば、オカルト集団と言われてもきっと信じるだろう。
一瞬脳裏を、漆黒のローブに身を包んだジライの姿がよぎった。
それがまた恐ろしく似合っているものだからたまらない。
答えを待つ朱里の前で、師匠が再びにやりと笑う。
「お前ら、今は特に仕事ないんだったよな」
返ってきたのは問いに対する答えではなかった。
「要するに暇ってわけか」
「別に暇じゃねえけど。なんだよ、その企み顔は」
朱里と小夜を見下ろして、師匠が顎を撫でながらニヤニヤ笑う。
「いや。こうして今日お前らとここで会ったのも、偶然じゃなく運命だったのかと思ってな」
「運命?」
小夜が不思議そうに訊き返す横で、朱里はあからさまに眉をひそめた。
「気色悪いこと言うなよ。遠回しなこと言ってないで、さっさと用件言えばいいだろ」
「分かってないな、これもコミュニケーションってやつだ。久しぶりに顔合わせたんだ、ちょっとくらい無駄話したっていいだろ。な?」
師匠が小夜に顔を寄せて相槌を求める。
小夜は必死に首を縦に振ってそれに応えている。
「おい、そいつ巻き込むのはやめろよ。結局何が言いたい」
「朱里や小夜ちゃんともっと話したいってことだよ」
「それは私もぜひ!」
話の軸がどんどん核心から遠ざかっていく。
朱里は大きく息をついて「師匠!」と一喝した。
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