さすがに風が吹きさらしの部屋では落ち着かないということで、朱里たち一同は職務室の向かいにある大広間に集った。
おそらくここは公の行事で使用される場所なのだろう。ひらけた部屋の中央に真っ赤な絨毯が伸び、その先には玉座が設けられている。
そこに今腰かけているのが寝間着姿の領主ヘンネルだった。
本人は一人だけ玉座にふんぞり返るのは申し訳ないと進言したが、体調を案じた小夜が毅然として譲らなかった。
仕方なく玉座に縮こまって収まるヘンネルの周囲に、朱里と小夜とイワン、そして意識を取り戻した惟人が縛られたまま並んだ。
唯一イワンが気に食わない様子で惟人を横目に見ていたが、特に不満を言うわけでもないので放っておく。
「さて」
ヘンネルがポンと両膝を叩いて惟人に視線を向けた。
自分に刃を向けた相手だというのに、その瞳はとても穏やかだ。
対する惟人は自分の置かれている状況が把握できずにいるのか、一人居心地が悪そうに周囲を警戒している。
ヘンネルの視線が自分に向いているのに気づくと、いよいよ処罰が言い下されると思ったのか、惟人は腹をくくったように体を強張らせた。
「どうせ大した命じゃない。あんたの好きにしたらいい」
吐き捨てるように言う。
その投げやりな姿は、闘志を燃やす革命軍のリーダー然としたころから大きく生気を欠いていた。
「今すぐに君を処罰するつもりはないんだ」
ヘンネルの言葉に惟人が眉根を寄せた。
「仲間の名前を全部吐かせてからってことか」
皮肉そうに口元を歪めて笑う。
「生憎だが仲間はもういない。いや、端から仲間なんていなかったのかもな」
自嘲してうつむく惟人を見て、朱里はやりきれない思いに襲われた。
朱里の知る惟人はこれほどまで周囲に絶望などしていなかった。
使用人とはいえ、家族のように温かい人たちに囲まれて暮らしていたはずだ。
別れてから数年の間に一体何が彼をこれほどまで変えたのだろう。
惟人の横顔からそれを窺い知ることは到底できない。
「君から聞きたいのはそんなことじゃないよ」
答えの出ない問いかけを自身に繰り返していた朱里は、ヘンネルの声で我に返った。
ゆっくりした動作で玉座に顔を向ける朱里と同じように、惟人もどこかぼんやりとそちらに視線を向ける。
「私が聞きたいのは君自身のことだ。今日にいたるまで君に何が起こり、そして今何を考えているのか、どうか教えてほしい」
ヘンネルは真っ直ぐと惟人を見据えてそう告げた。
寝間着姿であることさえ除けば、今の彼は完璧なる領主の威厳を身にまとっていた。
自分に向けられる揺らぎの一切ない瞳に、惟人は迷うように視線を逡巡させる。
その姿に昔の名残を感じた朱里はとっさに口を開いていた。
「俺も知りたい。ケールの村で一体何があったのか」
なぜ村を出てこの街へ来たのか。
なぜ革命なんてことを起こそうと思ったのか。
なぜそんなにも、世界に絶望しているのか。
「教えてくれ、惟人」
思いの全てを一言に込めて朱里は惟人を見つめる。
周りにいる者全ての視線を受け止めて、惟人は渋々と重い口を開いた。
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