「この町の領主として、君と君のこの施設には注目しているんだ。日頃から南の貧民街の存在には頭を抱えていてね。綺麗事かもしれないけれど、私はこの町に暮らす全ての民に幸せになってもらいたいんだよ。だからこそ、君たちの活動にはとても感謝しているんだ。本当にありがとう」

深々と頭を下げるヘンネルに、男は少し目を丸くした後、おかしそうに口元を歪めた。

「なるほど。そうでしたか。いえ、私も大した力は持っておりませんので、全ての人間を幸せにするのは難しいかと思いますが、あなたのお力になれるよう日々慈善活動は続けていくつもりですよ」

男の返事にヘンネルは一層嬉しそうに顔を綻ばせる。

傍から見ていると、領主と施設長の立場が逆転したようだった。

堂々とした態度の男に対して、ヘンネルは先ほどから頭を下げてばかりだ。

やれやれ、こんなことだから革命なんて起こされちまうんじゃないのか。

朱里は呆れ顔でヘンネルの横顔をちらりと見る。

その奥では小夜がじっと男のほうを見ているようだった。
珍しく真面目な表情だ。



話もここで終わりかと思われたとき、ふとヘンネルが男に口を開いた。

「ところで、一つ聞いてみたいことがあるんだけどね」

「何でしょう?」

ヘンネルの顔から笑顔が消える。

男を正面から真っ直ぐ見据えて、ヘンネルは尋ねた。


「寄付金というのはどこから集めているんだい?」


一瞬、部屋の空気がぴんと張り詰めた気がした。

朱里たちの見ている前で、男の表情がわずかに固まる。
が、それもすぐに笑顔へと変わった。

「それなら、この町の住民から協力を仰いでいますよ。後は、他領で同じ考えを持った団体からも寄付を受けていますね。ここは他者からの助力なしでは成り立たない施設なので、大変嬉しいことです」

男の返答にヘンネルは満足が言ったのか、再び笑顔を浮かべた。

「そうだね。人と人とは助け合いで繋がって生きていくものだと、私も思っているよ。扶助の精神のない輩もいるのかもしれないけどね」

はは、と施設長が笑いをこぼす。


ちょうど会話が途切れたときだった。
廊下の向こうから扉をノックする音が響いた。

どうやらヘンネルたち以外の来客のようだ。

朱里たち3人は軽く挨拶をすると、施設長の部屋を後にした。


廊下を外扉へ向かう途中、白いフード付きのローブを目深に被った男とすれ違ったが、朱里が特に気に留めることはなかった。

もちろん、その男が振り返って朱里たちの後ろ姿を見つめていたのにも気づくことはない。

男はそのままノックもせずに施設長のいる部屋へと入っていった。




通りに戻ると、朱里は大きく伸びをした。澄んだ空気が心地いい。

「なんだか窮屈なとこだったな」

「立派な置物がいっぱいで目がチカチカしました」

隣で小夜がぱちぱち瞬きするのを笑っていると、ヘンネルがくるりと腹を揺らして振り返った。

「悪いけど、ちょっとだけ寄り道をしてもいいかな?」

その奥には美味しそうな匂いを漂わせる料理店が軒を連ねている。

中年男には不似合いな口元に人差し指を立ててお願いをする仕草に、朱里はあからさまなため息を吐く。

「そんなの今さらだろ」

「ありがとう」

にっこりと微笑むヘンネルには、悪態などついても無意味ということに気づいたのか、それ以上朱里が文句を言うこともなかった。


****



その室内には静寂が満ちていた。

男が二人、無言のまま対峙している。

一人は長身の切れ長な目の男。
そしてもう一人は、頭から白いフードをかぶったローブ姿の男だ。


ローブから覗いた男の口元がわずかに持ち上げられた。

「面白い客だったな」

対する切れ長の目の男、施設長はふんと鼻を鳴らす。

「偵察ということだろう。領主直々にご苦労なことだ」

「あんたのことだ。上手くかわしたんだろ?」

「どうだかな。あの領主はなかなかに切れる。お前も気を抜かないことだ」

「忠告をどうも」

ローブの男は、くくと肩を揺らして笑うと、施設長に背を向けるようにして身を翻した。

その背中に声がかかる。

「分かっているな。お前がしくじれば全てが無に帰す」

施設長の言葉を受けて、ローブの男が横顔を向けた。

「誰に言ってるんだよ」

くいとフードを持ち上げて男が不敵に笑う。

その奥からは鋭い眼光を放つ赤い瞳が覗いていた。



prev home next

27/52




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -