「慈善団体というのかな。各地で集めた寄付金で、この町に暮らす貧民層の民たちを援助してくれている施設があるんだ。不甲斐ない領主としては有難い話だよ」
言葉のわりにヘンネルはにこにこと微笑みを浮かべたままだ。
不甲斐ないという気持ちは態度には欠片も出ていない。
この男は、どうにも捉えどころがないように朱里には思えた。
言ってしまえば、何を考えているのか分からない不気味さすら感じられる。
じっと正体を探るように盗み見てみたものの、人の好い穏やかな表情からは何も窺い知ることはできなかった。
そうこうしているうちに、一行は町の西に位置する通りに来ていた。
この辺りは住宅地なのだろうか。
見るからに裕福そうな立派な佇まいの家々が通りを挟んで整列している。
その中の一つ。
ヘンネルの説明がなくとも一目見れば分かる。
周囲よりひとまわりも大きな純白色の建物。
ここが目的地に違いなかった。
見事な文様の刻まれた両開きの扉をくぐると、まっすぐに白い廊下が伸びていた。
床には鮮やかな赤い絨毯が敷かれていて、踏むとふかふか気持ちがいい。
壁には額にはまった絵画が何枚も飾られている。
一瞥しただけだが、おそらくどれもかなりの値打ち品だ。
「へえ」
朱里は思わず感嘆の声を漏らしていた。
事業は成功しているということなのだろう。
寄付金を集めて貧しい者に施しをしているらしいが、それでも資金は余りあるということか。
小夜と共に辺りに並んだ宝の数々を眺めていると、ヘンネルが廊下の奥の扉の前でこちらを手招きしてきた。
「ここは?」
扉を見上げて小夜が尋ねる。
「この施設を取りまとめている施設長がいる部屋だよ」
にっこり微笑むと、ヘンネルはノックをして扉を開け、小夜に入るよう手を差し出してみせた。
「レディファーストだよ。さ、どうぞ」
軽く頭を下げて中に入る小夜に朱里も倣う。
白い室内には一人の男が立っていた。
部屋の中央に置かれたローテーブルから離れた窓際でこちらを振り返ったのは、長身で細身の男。
おそらくヘンネルよりはだいぶ若い。
こちらの姿を確認すると、男は切れ長の目を細めてにこりと笑みを浮かべた。
「お待ちしていました、ヘンネル様。さあ、どうぞおかけください」
男に勧められるままテーブル前のソファにヘンネルが腰かける。
朱里と小夜もヘンネルの両隣に腰を下ろした。
「さて」
向かいの椅子に座り、男が口火を切る。
前のめりに両手を組んだその指には赤い宝石のついた指輪がはめられていた。
身なりを見る限り、なかなか裕福な生活を送っているようだ。
そうでなければ、他人に無償の施しなどできるわけもない。
朱里がそんなことを考えていると、男が先を続けた。
「今日は領主様自らお越しいただいて、一体どういったご用件なのでしょうか?」
「ああ、いやいや。そんなにかしこまらないでほしいんだ。今日は日頃の感謝の意を伝えに来ただけだから」
ヘンネルが軽く手を振って返す。
「感謝?」と首を傾げる男ににっこり微笑んで、ヘンネルは背筋を正した。
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