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群衆の波を掻き分けひたすら駆ける。

朱里の視線はただ一点に注がれていた。


「──小夜!」


叫んだ声の先には、惟人と小夜の姿。

二人は広場の中央にある舞台横の高台の頂きに立っていた。
小夜は手首を後ろで縛られているのか、抵抗もできず惟人の側にいた。


広場の民衆が少しずつ舞台の周囲に集まってくる。

これから見世物でも始まるのだろうかとざわついているようだ。
朱里にとっては最悪の状況だった。

「頼む!通してくれ!」

なんとか人の海に体をねじ込ませるが、なかなか前に進むことができない。
視界に映る小夜の姿はまだ小さい。

「…っ小夜!」




朱里の声が偶然にも届いたのか、小夜がぱっと顔を上げた。

小夜は自分たちを見上げる雑踏の中に目を凝らす。
だがその中に探す人の姿は見つからない。幻聴だったのだろうか。


突然いなくなって、今頃心配させてしまっているだろうな。

小夜が顔を曇らせて思いに耽っていると、背後から強い力で腕を引かれた。

背中が後ろの人物の胸板にぶつかる。

小夜の肩口から顔をのぞかせて、惟人が愉快そうに笑った。

「ここならあんたの化けの皮を剥ぐのにちょうどいいだろ。見ろよ、証人なら腐るほどいるぜ」

足元に集まりつつある群衆の波。

惟人はここで一体何をしようというのだろうか。

小夜が答えに窮していると、一層高い笑い声を上げて、惟人が小夜を捕えたまま足場から身を乗り出した。

「見ろよ!王子様のご登場だ!」

惟人の視線を追って小夜も下界に目を凝らす。

人波から弾けるように舞台前に飛び出してきたのは、紛れもない朱里の姿だった。

「朱里さんっ!」

小夜の声に、朱里が顔を上げる。

「待ってろ小夜!すぐ行く!」

そこにすかさず惟人が声を投げた。

「待てよ、朱里。今はこの女の見せ場だ。お前は出しゃばんじゃねえ」

「ふざけるな!今すぐ小夜を離せ!」

「ふーん、分かった」

朱里とは対照的に冷静な声で返すと、惟人は小夜の後ろで縛られたままの手首を掴んでその体を躊躇いなく前に押し出した。


「あ…」


小夜の長い髪が風に揺れる。

体は靴裏を除いて宙に投げ出され、惟人が手を離せば容易に落下してしまう体勢だ。

「離してもいいんだな?」

背後から発せられる冷たい、感情のない声。

小夜の背筋がざわりと粟立つ。

「やめろ惟人!」

下から朱里が叫ぶ。

「分かったから、小夜を戻してくれ!」

諦めたようにその場に留まる朱里に、惟人は満足げな笑いを浮かべた。

小夜の体が台の上に引き戻される。


完全に場を仕切っているのは惟人だ。
小夜も、朱里でさえ惟人のなすがままになっている。

二人は戸惑いを隠せずにいた。

分からないのだ。なぜ惟人はこんなことをするのか。


朱里と多くの群衆が見守る中、小夜を捕えた惟人はまるで舞台役者のように大きく両手を開いて物語の開始を告げる。

「朱里、知ってるか?この舞台は今でこそ見世物やら演劇やらに使われてるが、大昔は罪人を裁く処刑台として作られた場所なんだってよ」

言って、立てた指を首の左から右へ流す動作をする惟人。

その悪趣味さに朱里は眉根を寄せる。

「今の状況もちょうどそんな感じだと思わないか?俺がこれからするのはこの女への裁きなんだからさ」

小夜の後ろに立つ惟人の瞳がきらりと光を映す。

その懐から取り出された小さなナイフの光が反射したのだと朱里が気づいたときには、刃先は小夜の胸元に当てられていた。
背後から腕を回して惟人が小夜にナイフを向けているのだ。

朱里は思わず一歩踏み出していた。

その動きを制すように惟人が声を投げる。

「そう焦んなよ。別にこの女殺そうってんじゃねえんだからさ」

言いながら右手に握られたナイフが小夜のすぐ前でゆらゆらと揺れる。
小夜は耐えるように口元を引き結んでいた。

「一体何がしたいんだよ、お前は…!」

惟人を真っ直ぐに睨め付けて朱里が唸るように吐く。

そこには余裕など微塵もない。

惟人の応えはすぐに返ってきた。

「お前の目を覚ましてやるって言ってんだよ。親切心からな」

その目はもう笑っていない。
冗談でないことはすぐに分かった。

「何言ってる。今お前がやってるのはたちの悪い賊のやることだ」

「賊?まあ賊っちゃ賊だからな。この領に反旗を翻してる賊なんだよ、俺も」

はっと笑って朱里の言葉を一蹴すると、惟人はその視線をすぐ前で立ち尽くす小夜に移した。


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