足元に転がる小さな石粒をつま先でこつんと蹴って転がす。
酒場の入口のすぐ側では、見るからに暇をもてあました様子で、小夜が朱里の帰りを待っていた。
「朱里さんは私を子ども扱いしすぎです…」
唇を尖らせて一人悪態をついてみるが、さすがに駄目と言われた酒場に乗り込んでいく勇気はないようだ。
「これでもちょっとは成長してるのに…」
再び足先で転がした石が、突然前に現れた足元に当たって弾けた。
慌てて顔を上げる小夜。
「すみません!お怪我は……」
その後は続かない。
小夜の表情が固まる。
「──今日は一人なわけ?」
小夜を見下ろして、琥珀色の瞳がすっと細められた。
「あ…惟人さん…」
今、小夜の目の前には惟人がどこか面白そうに立っていた。
探していたとはいえ突然の出現に、小夜は目を見張る。
足は地面に縫い付けられたかのように上手く動いてくれない。
朱里さんを呼ばなきゃ、と思うのに、惟人から視線が外せない。
目の裏に昨日の出来事が浮かんで、小夜は唾を呑み込んだ。
「あのっ…」
必死な思いで発した言葉は、しかしすぐ惟人に打ち消される。
「へえ、領主側についたってことか。それじゃあ朱里も?」
小夜の手首に巻かれた赤い布をちらと一瞥して、惟人が軽く首を傾げる。
口元は笑みを形作っているが、目は決して笑ってはいない。
何と答えるのが正解なのか。
小夜が考えあぐねていると、畳み掛けるように惟人が続けた。
「あんたはそうやって朱里の後について回るだけで満足なの?あんたの存在意義って何?朱里の役に立つこと?」
問われて思わず小夜は首を横に振る。
「じゃあ何なの?あんたの目的教えてよ」
上から覗き込まれるように惟人の瞳が近づいてくる。
小夜は体の横に流したこぶしを強く握りしめて、真っ直ぐに惟人を見返した。
「目的なんてありません。ただ、朱里さんと同じ道を歩いていきたい。それだけです」
力強く発された小夜の答えに、惟人は一瞬目を丸くした後、愉快そうに声を上げる。
「何それ。朱里と結婚でもするって言ってんの?プロポーズなら俺じゃなくあいつに言えよ。あんたほんと面白いな」
小夜が見ている前でひとしきり笑うと、惟人が途端に笑みを消して真顔で小夜に詰め寄ってきた。
「…でも、気に食わねえわ」
ぎらりと鋭い眼光が小夜を貫く。
反応する間もなく小夜は惟人に腕を取られた。
「あんたの本性、俺が暴いてやる」
数分後、酒場を出た朱里は通りに小夜の姿がないことに気づいた。
「小夜?」
周囲を見回すも見慣れた相棒の姿はない。
そのとき、すぐ側の地面に視線が留まり、朱里は膝を折る。
「これは…」
手にしたのは、小夜が手首に巻いていた赤い布に違いなかった。