結局師匠たちとは実のある話はできず、朱里と小夜は早々に城を出て城下町へ向かうことにした。
師匠たちはもう少し休むということだったが、果たしてまともに仕事をしているのかどうか怪しいところだ。
「まあ、あの三兄弟がいないだけ今回はましか」
息を吐く朱里の横で小夜が残念そうに眉尻を下げる。
「このお仕事中はお知り合いの方に預けられているんでしたよね。お会いしていっぱい遊びたかったです…」
しゅんと肩を落とす小夜をまじまじと見ながら、朱里は過去の壮絶な徹夜遊びを思い起こす。
あの夜は言葉通り地獄だった。
「…俺は死んでもごめんだけどな…」
翳った目でどこか遠くを見つめる朱里に、さすがの小夜もかける言葉はないようだった。
城門をくぐり出店の並ぶ通りを抜けて真っ直ぐ進むと、大きく開けた広場に着いた。
ぐるりと建物に囲まれたその広場はちょうど円を描くような形になっており、中心には地面より少し高い位置に舞台が設けられていた。
その舞台を両側から挟むように木組みの高い足場がそびえている。
「ここで演劇でもするんでしょうか」
興味深そうに小夜が檀上を見上げながら声を弾ませる。
「それか見世物かもな。ほら、あの両端の足場から紐を繋いで綱渡りとか」
朱里の言葉に小夜がますます顔を輝かせる。
「まあここにいる間に祭でもあれば見る機会もあるかもな。それより今は情報収集だろ」
隣で大きく頷く小夜の姿を確認して、朱里は周囲を見渡した。
昼前ということもあって人通りは多い。
この中に惟人が紛れていたとしても見つけるのは困難だろう。
「うーん、どうしたもんか」
顎に手を当て考えあぐねていると、小夜が目を輝かせて朱里の袖を引いてきた。
「朱里さん、こういうときはあそこですよ!」
「あそこ?」
自信満々に人差し指をぴんと立ててみせる小夜。
「はい!酒場で訊いてみましょう!アジト探しです」
久々にアジトという単語を耳にした気がする。
確か昔よく読んでいた冒険小説の一冊に登場したのが最後だ。
「お前、秘密基地やらアジトやら、やたらそういうの好きだよな」
二人は今、小夜の提案に倣って酒場へ向かっていた。
隣を意気揚々と歩く小夜に、朱里は隠しもせず呆れ顔を向ける。
「はいっ、それはもう!昔そういうお話をお父様にいっぱい聞かせていただきましたから!」
誇らしげに両こぶしを胸の前で揺らす小夜。
娘にそういう話ばかりをする父親というのもどうなのだろうか。
しかも娘は一国の姫君だ。
一体どういう風に育てたかったのか、甚だ疑問になる。
マーレン国王の人物像が曖昧になってきた頃、二人は目的地である酒場の前に到着した。
「それでは、いざ!」
単身乗り込んでいこうとする小夜の肩を、朱里が真顔でがしりと掴む。
「何がいざ、だ。お前はここで俺が戻るのを待つ。いいな」
「でも朱里さん」
「いいな」
「…はい」
有無を言わせぬ口調で小夜を外に留まらせると、朱里は一呼吸おいて酒場の押し戸をくぐった。
昼間だというのに暗い室内。
アルコールの濃い匂いが鼻孔をついてくる。
思わず眉根を寄せて朱里は酒場の内部を見渡した。
突然の乱入者に、鋭い視線が朱里に集中する。
小夜を一緒に連れて入らなくて正解だったな。
薄暗い部屋の中には、いくつかの丸テーブルに添えられたランプの頼りない光だけがゆらゆらと揺れていた。
室内にいるのはほとんどが男たちで、酔いつぶれてテーブルに突っ伏している者もいれば、隣で飲む連れに突っかかっている者もいる。
自分に刺さる視線を気に留めることもなく、朱里は店内をぐるりと観察すると近くで一人静かに飲んでいる風の男の側に近づいた。
「なあ、あんた」
声をかけられた男は口元に酒の器を当てたまま、視線だけを朱里に寄越す。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」