第3章

南天に白い傍観者





白亜の城内に真っ直ぐ伸びた白い廊下を打ち鳴らす三つの靴音。

そのうちの二つは朱里と小夜のものだが、残りの一つは、以前も見たことのある人物のものだった。

ちょうど今のように、朱里たちを領主の元まで案内した男。
相変わらず無愛想な態度を変えないその黒い短髪の男は、再び顔を合わせた際「イワンだ」と一言名乗った。

年の頃は20代前半だろうか。
朱里たちとさして変わらない風にも見えるが、その鋭利な目つきの影響か、いくらか大人びて見える。
大きな目のせいで幼く見える朱里とは対照的だ。


朱里と小夜は今、イワンの後をついて城内を見回っているところだった。
三人の腕には領主の護衛団を意味する真っ赤な布が結ばれている。

「俺たちの仕事はこの城の警備。主には領主の護衛と、城下での調査になる」

無表情に淡々と口だけ動かすイワンの後ろを、朱里と小夜は黙って歩く。

イワンも二人の反応には興味がないのか、前を見据えたまま後ろを振り返ることもなく機械的に説明を続けていた。

「護衛と調査の役回りについては日ごとの交代制になる。あんたたちは明日から本格的に仕事に就くことになるだろうが、まずは街での調査に当たってもらう。聞き込みでも張り込みでも何でもいい。レジスタンスの情報を仕入れるのがあんたたちの仕事だ」


城の入口につながるホールに着いた頃、ようやくイワンは朱里と小夜に顔を向けた。

肩を並べて立つ二人を交互に見た後、わずかに肩をすくめてみせる。

「まさか本当に志願するとはな」

どこか愉快そうにも残念そうにも見えるイワンから視線を外して、朱里が答える。

「こっちにも事情があるんだよ」

「へえ」

思いのほか興味を示したのか、好奇の目を向けるイワンには気づかないふりをした。


それにしても、初日から街に出られるのは好都合だ。惟人に会える可能性が高まる。
言い換えれば、どの護衛団の者より先に惟人を見つけることができる。

もし万が一、他の者に見つけられてしまえば、恐らく惟人は罪人として罰せられてしまうだろう。
それはなんとしても避けたかった。

話さえすれば惟人だって分かってくれるに違いない。
レジスタンスなんて危うい真似はやめて、できることならケールの村に戻り、村長の家で平和に暮らしてほしい。

自分勝手な願いだとは分かっているが、それが惟人にとっては一番良い道だと朱里は信じている。


「さて」

考えに耽っていた朱里は、イワンの声で現実に引き戻された。

顔を上げると、思案するように口元に手を当てたイワンと視線が合った。

「あんたたちの今日これからだが」

鋭い視線が朱里と小夜の間で交互に揺れる。
ホール上方の窓から射し込む朝日を受けた瞳は、光のせいか鮮やかな赤色を映していた。

ふむ、と一人頷いた後、イワンは二人から視線を逸らし、

「今日は自由行動だ。城内を探索するなり街をうろつくなり、好きにしてくれ」

そのまま名残もなく背を向けると、二の腕に巻いた赤布を揺らしつつ外界へ繋がる大扉の向こうへあっさり消えていってしまった。


残された二人は思わず顔を見合わせる。

だだっ広いホールには二人以外人気はない。

どうします?と目で問いかけてくる小夜に、朱里は「うーん」と唸りつつホールの奥に視線を向けた。

城内の案内はおおかたイワンがしてくれたが、中には素通りされた部屋も少なくない。
いずれ城内の警備をすることになるなら、細かく部屋を巡っておいて損はないだろう。

それに護衛団の控え室にも寄っておきたいところだ。


「まずは城内を散策して、それから街に出よう。時間はたっぷりあるしな」

振り返って見上げた高窓の向こうの空は、まだ朝の匂いを色濃く残している。
今日は始まったばかりだ。

朱里の言葉に小夜が勢いよく「はいっ」と返事をして、右手を上げ敬礼してみせる。

細い手首に巻かれた赤い布が動きに合わせてふわりと揺れた。



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