「やっぱり要領よくいくのが一番だよな」
森の中には前後に列をなして歩く少年二人の姿があった。
前を行く小さい少年が惟人で、後ろでちょうど今喋っているのが朱里である。
「結果より過程が大事だって師匠もよく言ってたし」
唇をとがらせて朱里が言う。
すると惟人が目を輝かせて後ろを振り返った。
「師匠がいるの?恰好いい!」
「ただのおっさんだけどな。それにもう今は師匠のところから独立したわけだし」
若干得意げな朱里の言葉にも惟人は素直に顔を輝かせる。
「それじゃあ一人で旅してるんだね。すごい!」
「こんなのお前にだってできるよ」
「僕には無理だよ。この村から…ううん、村長さんの家からだって出る勇気なんてないよ」
言って再び背を向けた惟人の背中はどこか寂しげに見えた。
惟人の案内でたどり着いたのは大きく開けた場所だった。
苔むした土の真ん中に突然丸い湖が姿を現していた。
緑の屋根に切り取られた空からの陽光を受けて、湖面がきらきらと反射している。
どうやら思ったよりも大きい湖らしい。外周を回ろうとすればかなりの時間がかかるだろう。
「うおー、すげえな」
湖面をのぞきこんで朱里は感嘆の声をあげた。
透明度の高い水の底には、小さな神殿のような建物が沈んでいた。
かなり深さもあるのだろう、神殿までの距離もだいぶあるように見てとれた。
「あれどうなってるんだ?なんでこんなところに沈んでるんだろ。お前知ってる?」
尋ねられた惟人も、隣で興味深そうに湖底をのぞきこんでいる。
「ううん。僕がここを知ったときにはもう沈んでたから。それにね、あんまりここには近づいちゃだめって言われてたから、詳しいことは教えてもらってないんだ」
「駄目って誰が?」
「村長さんや村のみんな。子どもには危ない場所だからって」
「ふうん」
朱里は今朝の村長の言葉を思い出す。
俺が思っている以上に危険だと、確かそう言っていた。
おそらく噂の宝が眠っているのは、湖底に沈んだ神殿の中だろう。
だがそこにあるのは宝だけだ。
幽霊の類がいるわけでも、ましてや冒険小説に出てくる魔物なんてものがうろついているわけでもない。
朱里がすべきことはいたって簡単。
湖に潜って宝を見つける。これだけのことだ。
幸運にもこの湖の水は澄んでいて視界もよさそうだ。
これなら大した広さでもない神殿の中から宝を見つけるなんて造作もないことだろう。
決断するが早いか、朱里はその場で衣類を脱ぎ始めた。
驚く惟人をしり目に、体を屈伸させて潜る準備をする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!湖に入るつもりなの?」
わずかに青ざめた顔で惟人が制止してきたのは、朱里が下着姿で湖の淵に立ったときだった。
「なんだよ今さら。中に入んなきゃ宝も探せないだろ」
訝しげに眉を寄せる朱里に、惟人は必死に食い下がる。
「それはそうだけど危ないよ!何がいるか分かんないし!」
惟人の最後の言葉に、朱里はにやりと笑った。
「なんだよお前。ひょっとしてお化けとか心配してんのか?」
けらけら笑いつつ、朱里は腰を曲げ飛び込む体勢に入る。
「安心しろよ、ここにはそんなもんいないから」
言って飛び込もうとしたその腰に惟人が飛びついてきたのは、いきなりのことだった。
「だめだよ!ほんとに危ないってば!」
「危なくないから!離せって!」
腰に巻きついた腕を引き剥がそうとする朱里に、負けじと惟人も食いついてくる。
「何かあったら大変だよ!」
「何もないって!それよりパンツ脱げるからやめろ!」
半ば張り手を食らわせるように惟人の腕から抜け出すと、朱里はそのまま湖の中に飛び込んだ。
湖面から見ると、さすがの惟人も水の中までは追ってこないようで、心配そうにこちらを見ているだけだ。
「もう仕事戻れよ。いつまで経ってもお前が戻ってこなかったら村長心配させちゃうぞ」
「僕はいいんだよ!それより君が…」
惟人の言葉を最後まで聞くことなく、朱里は大きく息を吸い込むと勢いよく水底の神殿へと潜っていった。