情報屋の話では、湖は村からいくらも離れていない森の中にあるという。

村人に場所の詳細を聞きたかったが、おかしなことに誰一人として答えてくれる者はいなかった。
たいてい話を濁して立ち去ってしまうか、ある者にいたってはそんな湖など存在しないとまで言われた。

結局太陽が南天に昇る頃まで村を練り歩いたが、得た情報は皆無だった。

「こうなったら、自分の足で探すしかないよな」

村のはずれ、森への入口に仁王立ちして前方を見上げる。

木々の生い茂る森の中、なんの目印もない湖を探すなんて、想像しただけで気が遠くなりそうだ。
それでも今はこれしか方法がないのだから仕方ない。
こんなことなら情報屋にもっと詳しい話を聞いておくんだった。

「あいつったら、こっちが聞かなきゃ自分からはろくな話しないんだもんな」

悪態をつきながら森に足を踏み入れる。とたんに土と緑の濃い匂いに包まれた。
木々の隙間からは、遠くまで続く幾筋もの木漏れ日が斜めに降り注いでいた。
春になったばかりだというのに、茂みからは虫の音が鳴りやむことなく続いている。

穏やかな森だが、あまり人は通らないのだろう。いくら地面を見回しても、人の足跡は残っていない。
要するに道なき道を進むしかないということだ。

「さて、どうしようかな」

腰に手を当て周囲を見渡す。
地図を見たかぎりでは広い森ではない。あてもなく歩いたとしても、森から出られないという心配はなさそうだ。

「時間はあるし適当に歩いてみるか」

のんびり呟いて、朱里は森の探索を開始したのだった。

その背後に潜む影があるのには気づく様子もなかった。




右を見ても木、左を見ても木。前も後ろも木の緑しか視界には入ってこない。

歩き始めて早ひと時。
朱里は自分の考えの甘さを痛感していた。

適当に歩いていればそのうち湖のほとりに出るだろう、くらいに考えていたが、いまだそんな気配はない。

立ち止まったままぐるりと周囲を見回してみる。
どうしたものか。

うーんと呻いて朱里が顎に手をあてたときだった。

背後の茂みががさりと音を立てた。

「なんだ」

とっさに振り返った先で、茂みが揺れる。
その奥では見覚えのある桃色の頭がわずかに覗いていた。

一瞬息を呑んだ朱里だが、すぐに茂みに駆け寄って上から桃色の頭を見下ろす。

「…何やってんだよお前」

朱里の声に恐々と顔を上げたのは、予想どおり惟人であった。




「や、やあ」

困ったような笑顔を浮かべて、惟人がしゃがみこんだまま片手を上げる。
対する朱里は無言のまま仁王立ちの姿勢だ。

「あ、あの、ごめんね!後をつけるつもりじゃなかったんだけど、水を汲みに行ったら森のそばで君を見つけて、つい」

「つい?」

「……ごめんなさい」

しゅんと肩を落としてうなだれる惟人の側には、確かに水桶が転がっていた。

どうやら嘘はついていないようだが、朱里の警戒心が完全に解けることはない。
その理由は今朝の朝食での出来事に深く起因していた。

村長の家の子どもだと名乗った惟人。
だが村長の家には孫娘が一人いるだけだった。

それならこいつは一体何者なのだ。

「悪いけど、お前は信用できない。お前がどこの誰なのかも分からない状況じゃ当たり前のことだけど」

朱里の言葉に惟人がきょとんと目を丸くした。

「僕は村長さんの家の…」

「孫は一人しかいないって言ってたぞ。しかも小さい女の子」

かぶせるように言う朱里に、惟人は少し困ったような顔をした後控えめに答えた。

「孫じゃないよ。僕はあの家でお世話になってる使用人だもの」

ほら、と言って水桶を持ち上げる。

「ほんとは今水汲みの仕事中なんだ」

今度は朱里が目を丸くする番だった。
孫じゃなくて使用人?あの家の子どもって言うのはそういう意味だったのか。

申し訳なさそうに肩をすぼめる惟人の姿に、思わずため息が漏れた。

「なんだよ、俺の勘違いか」

朱里の言葉に惟人が「ごめんね」と小さな声で謝る。

「いや、俺のほうこそ……ごめん」

ぼそりと言った後で、我に返ったように朱里は首を大きく振った。

「でも俺についてくるのは駄目だ。俺はこれから宝探しの仕事で、お前も水汲みの仕事がある。責任持って自分の仕事をしろ」

腰に手を当て言い放つ朱里に、惟人はおずおずと頷きを返した。

「う、うん。そうだよね、邪魔してごめんね」

小さな背中をさらに丸めて惟人が遠ざかっていくのを確認すると、朱里は再び森の奥に視線を戻す。
相変わらず笑えるくらい木以外は何も見えない。

右か左か、はたまた正面を行くか悩んでいるときだった。


「案内だけでもしようか…?」

遠くから虫の鳴くような弱々しい声が聞こえた。


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