「ふわああ」

欠伸が止まらない。
目じりに浮かんだ涙をこすりながら、朱里は階下へ続く階段を下りる。
食卓では朝も早いというのに、もう村長が席について朱里を迎えてくれた。

「おはよう朱里さん、昨夜はよく眠れたかね」

「ああ」

さすがにお宅の孫のせいで睡眠不足だとは言えない。
促されて席につくとテーブルにはすでに朱里の分も朝食が並んでいた。おいしそうなスープの香りが胃を刺激する。

「さあさ、冷めないうちにどうぞ」

村長の妻である老婦人の笑顔に勧められるまま、朱里はスプーンを手にとった。

それにしても、落ち着かない。
もし今ここに惟人が姿を現したら。

テーブルには空き席がまだ一つある。そこにはしっかりと朝食も用意されてあった。

「そろそろあの子も呼んできましょうか」

タイミングが良いのか悪いのか、老婦人が前掛けで手を拭いながら階上を見上げた。

「お客様が来られてるのに、いつまでも姿を見せないのは失礼だものね」

いらない気遣いだ、とは言えなかった。昨夜遅くに俺の部屋にいきなり入ってきたので姿は見てる、とも。

朱里が止める理由を思いつけない間に、老婦人はさっさと階段を上っていってしまった。

まずい。このままでは顔を合わせることになる。
昨夜の今日だ。いくらなんでも気まずすぎる。
このまま朝食を一気にかきこんで出発してしまおうか。朱里がスープの皿を勢いよく掴んだときだった。

「やはり気は変わらないのかね」

向かいの席から村長がじっと朱里を見つめてきた。
さっきまではスプーンを握っていたのに、今は両手が固く結ばれ机の上に置かれている。
朱里も自然と姿勢を正す形となった。

「ああ。後で行ってみるつもりだ」

「危険じゃぞ。おそらく君が思っている以上に」

村長の薄く灰がかった瞳が不安げに細められた。

優しい老人だと思う。きっと幼い朱里を気遣う気持ちに嘘はない。
だが。

「それでも行く。それが俺の仕事だから」

朱里にとっては今回がトレジャーハンターとして初めて一人で挑む仕事だった。多少危険だからといって、実際見てもいないのに臆してはいられない。

それに、この老人は何かを隠している。
明確なことは分からないが、湖の宝に関する重要な何かを。

老人にとっては皮肉だが、制止されればされるほど、朱里の中の好奇心は大きくなっていくだけだ。
どんなに危険な場所であろうが、直接自分の目で見てみたい。手にしてみたい。

師匠とジライの隣に長くいた影響かもしれない。朱里にはトレジャーハンターとして大切な資質である好奇心の強さが人一番備わっているのだ。

まっすぐに見返してくる朱里の瞳の強さに、村長がやれやれとため息を吐いたとき、ちょうど階段を下ってくる足音が響いた。

しまった。話に夢中で肝心のことを忘れていた。朝食はまだ依然朱里の前に残っている。今席を立つわけにはいかない。

腹を括った朱里がとっさに身を固くするのと同時に、二人は姿を現した。

「お待たせしましたね」

老婦人の後ろに隠れるようについてきたのは、昨夜朱里の部屋に忍んできたあの惟人という少年――ではなかった。

「ほら、ご挨拶なさい」

老婦人の優しい手つきに背中を押されて朱里の前に立ったのは、小さな女の子だった。

まだほんの5歳くらいだろうか。柔らかそうな亜麻色の髪の毛が寝癖で跳ねているのがあどけない。
眠たいのだろう、目をこすりながら朱里を見上げてくるその顔は、惟人とは似ても似つかなかった。

内心混乱する朱里をよそに女の子を席につかすと、食卓は満席になった。これ以上人が増える様子はない。

「あの…」

朱里は遠慮がちに老婦人に声をかける。

「孫は一人だけ?」

「ええ。そうですよ」

老婦人は微笑むと、そのままスープを口に運んだ。
その様子に嘘はない。この家に住む孫は小さな女の子ただ一人だけなのだ。

それなら、昨夜朱里が見た惟人という少年はいったい何者なのだろうか。
確かにこの家の子どもだと言っていた。まさかあれも嘘だったのか。

脳裏に琥珀色の瞳を輝かせて自分を見つめる少年の顔が浮かんだ。

なんだろう、腹の辺りがもやもやして気持ち悪い。


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