朱里が腕を引いて立ち上がらせると、小夜は恥ずかしそうに笑みをこぼした。

「すみません…。駄目ですね、気をつけてたつもりだったんですが…」

「そんな格好で走ったらこけるのは当たり前だろ。ほら、せっかくのドレスに埃がついてる」

軽く払ってやると、小夜が慌てたように身を引いた。

「ああああ、だっ駄目ですよ!こんな素敵な朱里さんにそんなことしてもらうなんてできませんっ」

「はぁ?何言ってんだよ」

小夜が胸の前で両拳を握って言う。

「今日の朱里さんは、いつもより格好よくてドキドキしてしまいます」

「ばっ…!」

急激に顔が熱を持ってくるのが分かって、朱里はとっさに顔を背ける。

そしてそろそろと小夜に視線を戻した。


白いサテンのドレスに身を包んだ小夜は、きっと今の自分がどれだけ魅力的な姿をしているか自覚していないのだろう。

淡い桃色のルージュが引かれた口元は、愛らしく朱里の言葉を待っている。

「あのなぁ、お前のほうこそ…」

言いかけたとき、小夜の視線がどこか違うものを追っているのに気付いた。

視線の先には、料理がずらりと並べられた大テーブル。


大きくため息をつく。

「…行ってこいよ、腹減ってるんだろ」

「いいんですかっ!」

急に小夜の顔が輝きを放つ。
こんな顔をされたら駄目だとはとても言えない。

「こんなとこに来るなんて滅多にないしな。たらふく食え」

「はいっ!では、朱里さんの分もたくさん取ってきますっ」

言うが早いか、小夜は朱里の返事も待たずテーブルのほうへと駆け出していった。

「おい、ドレスで走るなってあれほど…」

当然朱里の言葉は届いていない。

無邪気に料理の皿に手を伸ばす小夜の背中に、朱里は思わず吹き出してしまった。

「上面のうの字も知らないって感じだよな」

朱里の視線に気付いた小夜が、後ろを振り返って満面の笑みを浮かべる。

朱里はそれに軽く手を挙げて応えてやった。




喧騒を避けて二人で壁際に並ぶ。

小夜が取ってきた、やたら山盛りの料理皿に半ば呆れながら、それでも朱里は料理を口に運んでいく。

小夜のおかしな思いやりなのだろうか。料理の中に入っているニンジンの量が明らかに多い気がした。

「お前な…」

隣を見ると、小夜が料理にも手をつけずうつむいていた。

「どうした?気分でも悪いのか」

顔を覗き込む。
小夜がちらりと朱里に視線だけ向けてきた。

「さっきの…」

それだけ呟いて口を閉ざす。

「さっきの?お前が派手に転んだことか?」

軽くからかってやったつもりだったが、思いがけず小夜が頬を染めてさらに顔をうつむけてしまったので、慌てて言い直す。

「なんだよ、何が言いたいんだよ」

「…さっき一緒にいらした女性の方」

「あ?ああ、見てたのか」

なぜか動揺してしまった。
必要もないのに言い繕ってしまう。

「ちょっと話してただけだよ。お互い暇だったからさ」

それ以上のことは口にしない。

相手に好意を持たれたらしいことも、公衆の面前で転んだ小夜を笑われたことも。

誤魔化すように笑ってみせた朱里に、小夜が小さく微笑みをこぼした。

「綺麗な方でしたよね。私も一緒にお話したかったです」

いつもどおりの穏やかな表情を見せる小夜に、朱里はほっと息をつく。

別にやましいことがあるわけではないが、これ以上この話題は続けたくなかった。


かきこむように料理を口に運ぶと、朱里はうんうんと頷いてみせた。

「結構いけるぞ、この料理。お前も食ってみろよ」

朱里の言葉でようやく食事を始めた小夜が、料理を口に入れた途端嬉しそうに口角を上げる。

「美味しいです」

「だろ?」



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